記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

未来のあなたに、また会うために。 #1STKISS

予告で見た「二人でパン屋を始めましょう」のくだりが好きすぎて、これはスクリーンで観なければ!という不純な動機で観に行ったら、いい意味で想像を裏切られた映画「ファーストキス」。

全編観てみてやっと「なるほど、だから "first kiss"じゃなくて "1st kiss"なのか!!!」と腑に落ちた。初めての、ではなく1回目のキス。この英語表記の違いが、小さいけれど大きな違いを生んでいる。

※ここからはがっつりネタバレです!!!※


物語の終盤、駈とカンナのキスシーンで「もうそういうの何年もしてないから!」と照れて逃げようとするカンナに、駈が「僕にとっては初めてなので」と言うくだりがある。まだ妻とは出会ってもいない状態で、15年後の妻と初めてのキスをするシーン。

二人の物語においてはこのキスこそが "1st"、つまりここがすべての物語の始まりだったのだ、と鑑賞後にタイトルを見てやっと気がついた。

30歳同士の若い二人の出会ったときでもなく、45歳のカンナが夫の死後に彼を助けに行くときでもなく、30歳の駈が45歳のカンナに恋に落ちて、彼女に会いに行く人生を決意した瞬間こそが、二人の物語の始まりだったのだ、と。

カンナはタイムリープによって何度も何度も若い頃の、同じ日の駈に会いに行く。一方で駈は15年もの時間をかけて、一回きりの人生をかけてあの時のカンナに「会いにきた」。

夫婦になる未来が消えてもいいから生きていてほしいと願うのも愛、自分が死ぬことがわかっていても一緒に月日を過ごしたいと思うのも愛。

助けるために何度も何度もやり直そうとするのも愛、一回きりの限りある時間を慈しんで過ごそうとするのも愛。

柿の種とピーナッツのように異なる二人だから愛し方も違うけれど、違うからこそ補完しあって、未来を変えることができた。

その変化はすごく些細で、自分たち以外にはほとんど影響を与えない、ただ二人の関係や心持ちだけの変化ではある。すべてが解決してハッピーエンドの大団円、ではなく、絶妙なバランスの中で見つけた最適な落とし所としてのハッピーエンド。

運命は変えられない。運命の人も、変えたくない。

二人に起こることは、外から見ればほとんど何も変わっていない。でも、二人が紡いだ時間とその密度、幸福感は、タイムリープによって大きく変化した。結末は変えられなくても、そこに至るまでの時間の中身は変えられる。

私たちはカンナのように過去に戻ってやり直すことはできないけれど、もし彼女と同じ力を得たとしても、きっと大きな出来事を変えるようなことはできないんだろうと思う。でも、本当に変えたいのは悲劇を回避することではなくて、そこに至るまでの中身なんじゃないか、とも思うのだ。

29歳の駈は45歳のカンナを好きになって、15年かけて彼女に「会いに行った」。30歳のカンナに出会って、一日一日を積み重ねて、少しずつ。

タイムリープというと過去に戻るにしても未来に行くにしても、一瞬で数年後へ行くイメージがあるけれど、ある意味では駈もタイムリープをしていたと言えるんじゃないだろうか。カンナが同じ日を何度もやり直したように、駈は15年かけて、毎日をやり直してきた。

そして最後に、駈は45歳のカンナにまた出会えた。長年思い続けた、初恋の人に。

私たちは過去に戻ることも未来を知ることもできないけれど、駈が15年かけて「タイムリープ」したのと同じように、日々の小さな積み重ねによって未来に向かってタイムリープしているのかもしれない。

目の前のことだけに囚われると、嫌なところばかりが4Kで見えてくるし、大事だからこそすれ違うし、関係が近いからこそ意地になる。

でも、未来の自分と相手に会いに行っている途中なんだと思うと、大切なものを見失わずにすむ、ような気がする。

たぶん、タイムリープ前の離婚を決意していた駈とカンナも本当に離婚したいわけではなくて修復したいのにその糸口を見つけられないまま流されてたどり着いた答えが離婚だったのだと思うし、駈が亡くなった後のカンナは自分では気づいていないだけで、自分よりも他人を優先して死んでしまったことへの悲しみと寂しさをぶつける場所がなかったのだと思う。

夫婦は、唯一自分で選べる家族でもあるけれど、唯一関係を切ることができる家族でもある。親子関係は法的に絶縁することは難しいけれど、夫婦は紙切れ一枚出せば赤の他人に戻ることができる。

だからこそ、夫婦は難しい。

永遠に断ち切ることができない親子という関係もそれはそれで難しいところはあるけれど、どうやったって切れないからこそ生まれる試行錯誤によって好転していくこともある。

でも、いざとなったら切ることができる関係は、その試行錯誤の余地すらなく崩壊してしまう心許なさがある。それでも成り立たせるために努力しようと思わせるものとは何なのだろう。

それが愛と呼ばれるものなのかもしれなけれど、今この瞬間の目の前の相手への愛だけではなくて、相手の未来まで含めて丸ごと愛すこと、未来の相手に会いたいと思うこと、それが努力の源泉なのかもしれない、と今回ファーストキスを観て思った。

私たちは未来の相手に会うことも、どうなっているのか知ることもできない。でも、きっと想像することはできる。

今の延長に未来があるように見えて、実は未来の途中に今があるとも言える。さらにいえば過去だって未来がどうなっているかによって解釈が変化するし、その解釈によって今の在り方も変わる。過去、今、未来の区分はとても曖昧で、私たちも実は日々タイムリープをしながら生きているのかもしれない。

私たちの未来に、また会いに行こう。過去を、何度でもやり直そう。

起きる出来事は変えられなくても、そこまでの道のりや関係性は、変えていける。ファンタジーに見えて、実はとてもリアルな物語。

それが、私が観た「ファーストキス」だった。


いいなと思ったら応援しよう!

最所あさみ サポートからコメントをいただくのがいちばんの励みです。いつもありがとうございます!

この記事が参加している募集