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声を失っても客が来る。後継者ゼロの老舗理容室


声を失った80歳の理容師が、それでも店に立ち続ける理由

開店前の7時半に電話が鳴りました。
当店は7時より電話予約の受付時刻で
それまでに始業準備も進めていますので全く問題ありません。
8時の枠が空いておりましたので
ご提案すると間に合うように行きます、と。
(常連様は当日予約をお受けするえこひいきがあります)
定刻を過ぎても姿が見えず心配していましたが
5分過ぎに無事、ご来店。
次の方がありますので急ぎます、とお伝え。
朝の通勤ラッシュが予想以上で遅くなったと平謝りでした。

早速施術を始めると、「いつも忙しそうで大したもんだね。」と。
そこから非常に興味深い話しが始まりました。
そのお客様のお兄様が県東部で理容師をされているそう。
すでに80歳を超えておられ、最近喉の手術を受けて
話しをすることが出来なくなってしまわれたそう。
奥様と二人、店を切り盛りされているので
奥様がサポートをして営業されているのだとか。
話しが出来なくなっても店へ立てば常連さんが来てくれる。
店主の事情を承知で、それでも通うお客様に恵まれるのは
お兄様のお人柄なのでしょう。
後継者は無く、ご夫婦ともに店へ立てなくなれば閉店。
理容師に限らず、日本の現場は高齢化・後継者不足が深刻です。

大晦日深夜に営業を終え、徹夜で帰省した時代の『覚悟』

お客様のお兄様は理容学校の教師をしているお宅へ下宿。
そこから専門学校へ通われ、修行も教師のお店へ。
その時代は当たり前ですが住み込みともなると
掃除を徹底的に仕込まれる、というのは聞いたことがあります。
もちろん最初は鋏も持たせてはもらえず
それでも店を持ちたいという夢を持ち、がむしゃらに働いたそうです。
年末ともなると寝る間も無いほどの忙しさで
年始の実家への帰省は大晦日営業を深夜に終わり
徹夜で帰って来た、というエピソードも。

聞いていて感じるのは熱意を持って物事に真剣に取り組み
この仕事で生きてゆく覚悟を当時の人は強く持っていたし
情熱を傾けられるものがあると、人は仕事に喜びを見出します。
厳しい修行は意味をつい、問うてしまいがちですが
それは後からそうだったんだ、と自分が納得するもの。

私も先代や母から聞いていましたが、当時は
12月の上旬は客足が遠のいて暇なのに
下旬になると皆、一気に休みへと突入するので
そこからは立ったままでご飯を食べ
床にはカットした髪が山盛りなっていて。
忙しさの疲労で年始は寝込んで過ごしたとも聞きました。
お客様からも除夜の鐘を聞きながら先代にカットしてもらった、と
店内の先代の写真を眺めていらっしゃいました。

父の筆跡が、私を律してくれる

私が仕事を仕切るようになってからは
予約制が完全に浸透したこともあったり
働き方改革も進んで年末ギリギリまで仕事をする方。
夜遅くの散髪を希望する方はめっきり減りました。

話しをしている間にお客様は「いつもの」仕上がりに。
遅れての来店だったので次のお客様が待合で待つのを横目に
代金の支払いの後、ふと壁に掲示してある額に視線が。
私の父親(実父)が書いたもので遺言みたいなものです、と言うと
「日常の五心か、いい言葉だね。」と目を細め帰られました。

実父の筆跡が私を時に律してくれます。


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白石俊之|静岡・吉田町で鋏を握り、言葉を綴る 守り神こんぺーが見守る理容白石の、小さくてあたたかい物語をお届けしています。サポートはこんぺーの幸運のコンペイトウに変わって、またあなたのもとへ戻っていきます