あの日の自分に、今の私が会いに行く

〜ある楽曲を聴いて、自分の子どもの頃を思い出しました〜

ぶどうスパークさんの軽やかな楽曲と、大切なものを思い出させてくれる歌詞。
それを聴いていたとき、
私の胸の奥にある古い引き出しが、そっと開きました。
子どもの頃、
私は漫画や小説を描くのが大好きな子どもでした。
おもちゃもあまりなく、
ゲーム機もありません。
テレビは、いつも野球中継。
アニメを観ようとチャンネルをガチャガチャ変えると叱られていました。笑
だからでしょうか。
ぼんやり空を眺める時間
白い紙とノート
鉛筆があれば、
それだけで十分でした。
漫画を描き、物語を書く時間が、何より幸せだったのです。
でも、親に見つかるたびに降ってくるのは、
「勉強しなさい!」
という言葉。
昭和あるあるなのかもしれません。
親も親戚も、「勉強が一番」という空気の中で生きていました。
右ならえ右、同じ方向
違和感を感じながらも
その空気に、
そして世間の流れに、
私も少しずつのまれていきました。
忙しい毎日。
目まぐるしい日々。
気がつけば、大好きだった物語は、机の引き出しの奥へ、そっとしまわれていました。
──それから数十年。
一人の時間を大切にするようになった頃、私はnoteという温かな世界に出会いました。
たくさんの作品を読んでいるうちに、
「みんな最初は、ドキドキしながら書いているんだ」
そう思えた瞬間、
「私も、もう一度書いてみよう」
そんな気持ちが、自然と湧いてきました。
気づけば、60代を意識し始める年齢になっていました。
それでも、こうして物語を書いている時
驚くほどあっという間に時間が過ぎていき有り難さを感じています。
穏やかな時間。
優しくあたたかな方達
ゆるやかな中で紡がれていく糸。
日常生活において決して出会うことのなかったプロの方からアドバイスをいただいたり、
知らなかった世界
違った考え方や視点
音楽に触れたり
その世界観の美しさに興味が湧いたり。
作品を通して、私自身の視点、素敵なご縁も広がっていきました。
そんな毎日が、今でも夢のように感じられます。
だから子どもたちにも、
「毎日感謝だね」
そう話しています。
何度も何度も推敲したり、
少しずつ新しい物語を書いたり。
歩みはゆっくりですが、
それも今の私らしい歩き方です。
年齢を重ねるたびに、
世界の見え方は少しずつ変わっていきました。
子どもの頃には、とても大きく見えていたものも、
今では違う景色として見えています。
あの日、机の引き出しにしまった物語。
何十年もの時を経て、
私は今、その続きを書いています。
遅すぎる夢なんて、
きっとありません。
書いている時間、そのものが、
私にとって何より尊い時間です。
ふと振り返ると、
あの日の小さな私がいました。
物語が大好きだった、
あの頃の私。
その子は今の私を見つめ、
満面の笑顔で言いました。
「また書けるようになって、本当によかったね!」
私も思わず笑顔になりました。
過去に戻りたいわけではありません。
今、この瞬間。
こうして物語を書けていること。
それだけで、私は感謝でいっぱいになります。
たくさんの紡がれてきた糸。
そして、これから紡いでいく糸。
いまここに
愛と感謝を込めて。
読んでくださり本当にありがとうございます🙇♀️
