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幕府から見れば、天狗党は推し変野郎──尊皇ガチ恋ファンの末路と家族の逆転劇




🎤 厄介オタ軍団、武装遠征へ出発


1864年――幕末の水戸。
ここから「水戸天狗党」という名の、ちょっと厄介な“ガチ恋オタ軍団”が動き出した。

彼らの推しは、時の将軍でもなく、ましてや幕府でもない。
ガチ恋したのは、アイドル界の頂点に君臨する 孝明天皇。

本来、水戸学という「公式ルールブック」は、
徳川家は天皇から政権を委任された正統な家だから推してね
という幕府のパンフレットだった。

しかし朱子学の理屈で筋を突き詰めると、
「政権を委ねた天皇こそ最上位」という論理に行き着く。

その結果、水戸学はいつの間にか「徳川推し本」から「天皇ガチ恋バイブル」に変貌。

天狗党はその純粋すぎる読者代表=ガチ恋オタ集団だった。

のぼり旗には「尊皇攘夷!天皇ラブ❤️」と大書きし、
振りかざすのは光るペンライト……じゃなくて本物の 刀。

さらに、クラッカー🎉で盛り上がるつもりが、
実際に鳴り響くのは銃声と大砲の轟きだった。

まさに「武装したオタ遠征ツアー」。
水戸から群馬、そして信州へ―
―彼らは“推しに会いたい”一心で、
全国遠征を開始する。


🛡️ 新選組=公式スタッフ、天狗党=非公認オタ


一方その頃、京都では「新選組」が御所を警備していた。

もとは「浪士組」として将軍の上洛に合わせて結成された寄せ集めだったが、
残ったメンバーは幕府から正式に任命され、御所周辺の治安維持を担当。

つまり彼らは、幕府ルールブック(水戸学本来の意図=徳川の正統性)を守り抜く公式スタッフ。
腕章つきの公認セキュリティ部隊だった。



対して天狗党は──
同じく「御所を守りたい!」と思い立ったけれど、完全非公認の厄介オタ集団。

事務所(幕府)からすれば、
「いや、君らはスタッフじゃないから!勝手に来るな!」
と迷惑きわまりない存在だった。

この違いが運命を分ける。
新選組は「公式最前列」で推しを守ったが、
天狗党は「無断乱入オタ」として徹底排除されることになった。


⚔️ 下仁田戦争──厄介オタの乱


「危険ファン入場禁止!」と各地の藩がブロックする中、
群馬・下仁田ではついに地元警備(高崎藩・安中藩など)と正面衝突。

狭い谷間の街道でド派手にクラッカー(鉄砲)を鳴らし、
光る棒(刀)を振り回すオタ同士の乱闘に。

結果は──まさかの天狗党の勝利。
幕府軍は総崩れ、厄介オタ軍団は突破して信州へと進んだ。


🚔 しかし最期は敦賀で出禁


勝ったとはいえ、世間の目は冷たかった。
「純情ファン」だったはずが「暴徒」のレッテルを貼られ、
各地で補給も支持も得られない。

最終的に彼らは北陸・敦賀で一網打尽。
「推し活のために動いた純情ファン」は、
暴徒=出禁客 とされ、353人が斬首処刑。

歴史に残る「大処刑イベント」となってしまった。


👨‍👩‍👧 家族のオチ:逆転のリベンジ劇


残された家族は「厄介オタの遺族」として弾圧を受けた。
村八分、粛清、生活もボロボロ。

──けれど、時代は変わる。
幕府が倒れ、明治の新事務所(新政府)が誕生すると、
天狗党は一転して 「推しを守り抜いた伝説のファン」 扱いに。

慰霊碑が建てられ、家族は「烈士の遺族」として復権。

幕府に潰されたファンが、次の時代で神格化されるという、ドラマみたいな逆転劇が起きた。


🎭 現代オタ活への教訓

• 新選組=公式スタッフ、公認オタとして御所を守った。

• 天狗党=非公認厄介オタ、推し変野郎として排除された。

• 幕府にとっては「裏切りファン」、世間からは「暴徒」、
でも明治には「伝説のファン」になった。

つまり──
推しを愛する気持ちは同じでも、“公式”か“非公認”かで天国と地獄が分かれる。

現代のオタ活でも、「推しを守りたい!」が暴走すると“厄介”に転落するのは同じかもしれない。

歴史の天狗党は、それを身をもって体現した存在だったのだ。


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