社会心理学:第7回 社会的影響 — 同調、服従、そして多数派の圧力
社会心理学:第7回 社会的影響 — 同調、服従、そして多数派の圧力
1. はじめに:私たちはどれほど「自分の意志」で動いているか
前回の講義では、人間が特定の他者に惹かれ、親密な関係を築いていくプロセスを解剖しました。近接性や類似性、そしてコストと報酬のバランスシート(社会的交換理論)といった、人間関係の根底にあるシステムを学んだはずです。
【第2部:対人関係と社会的影響の心理】の締めくくりであり、本講義の大きな山場のひとつとなる第7回のテーマは、「社会的影響(Social Influence)」です。具体的には、集団のなかで発生する「同調(Conformity)」や、権威者に対する「服従(Obedience)」のメカニズムを扱います。
私たちは普段、自分の行動や選択(今日着る服、購入する商品、あるいは倫理的な判断にいたるまで)を、すべて「自分自身の自由な意志」で決めていると信じて疑いません。しかし、社会心理学の眼鏡をかけると、この「自律的な個人」という前提がいかに脆いものであるかが浮き彫りになります。
ここで、皆さんに1つの古典的な、しかし極めて強烈な思考実験を提示してみましょう。
日常の思考実験:赤信号と集団の足並み あなたが、深夜の交差点で信号待ちをしているとします。目の前の歩行者信号は「赤」です。車は全く通りかかる気配がありません。あなたは当然、青に変わるのをじっと待っています。
では、ここで状況を変えてみましょう。あなたの周囲に、見知らぬ歩行者がほかに10人ほど同時に信号待ちをしていたとします。信号はまだ赤です。しかし、隣にいた3人が、スマホを見ながら何気なくスタスタと赤信号を無視して渡り始めました。すると、それに引きずられるようにして、残りの人たちも次々と道路を渡り始めました。気がつけば、改札前で待っているのはあなた1人だけです。周囲の全員が赤信号を渡っていくその視線を浴びながら、あなたは最後まで「自分1人だけ、この場にとどまって青信号を待つ」と言い切れるでしょうか。それとも、「みんなが渡っているから」という理由で、自分のルールを曲げて足を踏み出してしまうでしょうか。
このとき、あなたを無理やり歩かせた物理的な力(暴力など)はどこにも存在しません。ただ「周囲の人々が特定の行動をとっている」という無言の状況、すなわち多数派の圧力があるだけです。
社会心理学は、人間がどれほど強固な道徳心や理性を備えていたとしても、集団の圧力や権威者の命令といった「状況の枠組み」を与えられるだけで、自らの判断をいとも簡単に歪め、時には他者に対して恐ろしい暴力を振るう側に回ってしまうという不都合な真実を、数々の劇的な実験によって証明してきました。
なぜ私たちは周囲に「同調」してしまうのか。なぜ普通の市民が、狂気的な命令に「服従」してしまうのか。1950〜60年代に行われた、心理学史上最も重要であり、かつ最も激しい倫理的論争を巻き起こした古典的実験の数々を徹底的に解剖しながら、その心理の深部に迫っていきましょう。
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