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社会心理学:第14回 集合行動とマスメディア — 噂、流言、群衆の心理

社会心理学:第14回 集合行動とマスメディア — 噂、流言、群衆の心理


1. はじめに:合理的な個人が「理性を失う」瞬間

前回の講義では、【第4部:対人行動の光と影】の締めくくりとして、ステレオタイプ、偏見、差別のメカニズムを学びました。タジフェルの最小条件集団実験や社会的アイデンティティ理論を通し、人間は無意味なラベルを与えられただけでも「身内(内集団)を優遇し、他所者(外集団)との格差を最大化しようとする」認知的・動機づけ的な問題を抱えていることを解剖したはずです。

今回から、本講義の最終章となる【第5部:マクロな社会現象と現代社会の課題】へと進みます。第14回のテーマは、組織化されていない大勢の人々が突発的な熱狂や恐慌を引き起こす「集合行動(Collective Behavior)」と、その媒介となる「流言・噂(Rumor/Gossip)」、そして現代社会の情報環境を支配する「マスメディア(Mass Media)」の影響力です。

私たちは普段、自分自身のことを「状況を冷静に判断し、論理的なルール(システム2)に基づいて行動を選択できる合理的な個人」であると考えています。しかし、社会心理学が歴史的な大恐慌、災害時のパニック、あるいは現代のインターネット空間における炎上現象から暴き出したのは、「個々人は極えて理性的であるにもかかわらず、特定の『集合的な場』に置かれた瞬間、信じられないほど愚かで、盲目的で、時に破壊的な暴走に加担してしまう」という集団心理の未曾有の病理でした。

ここで、皆さんに1つの歴史的事実をベースにした問いを投げかけてみましょう。

日常の思考実験:トイレットペーパーが店頭から消えた日

1973年の秋、日本中の中小のスーパーやドラッグストアの店頭から、トイレットペーパーが完全に姿を消し、買いに走る市民がパニックを起こすという大騒動(トイレットペーパー騒動)が発生しました。また、2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的流行の初期にも、全く同じ現象がデジタル空間を起点として再現されました。後からニュースの客観的なデータ(統計)を見れば、紙の在庫は倉庫に山ほど積み上がっており、生産体制にも何の問題もありませんでした。では、なぜ当時の人々は、仕事を休んでまで何時間も大行列に並び、殺気立った表情でトイレットペーパーを限界まで買い占めようとしたのでしょうか。彼らは全員、冷静な判断力を失った「愚かな大衆」だったのでしょうか。

一歩引いたマクロな視点で見れば、この買い占め行動は社会全体を機能不全に陥れる「きわめて非合理的なパニック」です。しかし、ミクロな個人の視点に立てば、「隣の人が10個買っているのを目撃し、デマを信じた状況下においては、『今すぐ買わなければ自分が困る』という、極めて合理的で自己防衛的な最適解」だったのです。

正解の見えない状況下で、不確実な情報(噂・デマ)はいかにしてウイルスのように社会に感染していくのか。群衆のなかで個人のアイデンティティが融解していくプロセスとは何か。本日は、古典的な群衆心理学から、オルポートらによる「流言の流布の方程式」、そしてマスメディアが私たちの現実認識を裏側からデザインする「議題設定(アジェンダセッティング)機能」「沈黙の螺旋」について、徹底的に解剖していきます。

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