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ニンギョウの部屋【ショートショート#133】(2880字)


▼今週のお題
■セリフ
「行ってませんね」
■三題
・新幹線
・花びら
・レモンスカッシュ


 二階にある自分の寝室で、10歳の少女アナは枕元のテディ・ベアと話をしている。窓の外には四月の太陽が輝いていた。それなのに、アナはベッドから起きようとしなかった。
「ねぇテッド。どうして女の子が電車を好きじゃいけないのかな」


 アナの部屋には、色々な電車のポスターが貼ってある。棚には列車の模型がいくつも並んでいた。
「いけないことなんてないよ、アナ。周りの子たちがおかしいのさ。ボクだけはキミのことを笑ったりしないよ」
 アナは学校で、お気に入りの新幹線のキーホルダーを女の子たちにからかわれた。それから執拗にイジメられるようになり、不登校になってしまった。
「テッドだけはあたしの味方だよね……」
「もちろんさ」
 テディ・ベアは彼女の頭をやさしくなでた。

 あくる日の朝。アナは家の窓から道路をぼんやりと眺めていた。向かいの家の芝生に、レモネードのスタンドが建っているのを見つけた。
 スタンドといっても、折りたたみのテーブルに値段を書いた黒板が据えつけてあるだけの簡単な屋台だ。
 花びらをあしらった夏らしい黄色いワンピースの少女がレモネードを売っていた。名前は知らないが、きっと向かいの家の子だろうとアナは思った。
「いいなぁ。あたしもやってみたい」
 テッドがアナを引っぱった。
「ダメだよ、アナ。外は危険だって分かってるだろう。キミを傷つけるような悪い子たちがいっぱいいるんだ」
「そ、そうだよね……」
「ボクだけがキミの味方なんだよ」

 どうして諦めきれなかったアナは、次の日にママに話してみた。ママはリンゴを切っていた包丁を置いて、驚いた顔をした。
「どうしたの、アナ」
「あのね。あのね、レモネードスタンド、やってみたいの」
 するとママはわなわなと震えだした。そして、アナの小さな身体をひしと抱きしめた。
「やっと外に出る気になったのね! 嬉しいわ! すぐに用意するわ。今週の土曜日にさっそくやろうね!」
 涙を流して喜ぶママに、アナはニッコリとほほ笑んだ。

 その夜。胸をはずませながら、スタンドのことをテッドに話した。きっと祝福してくれるにちがいない。そう思ったのに、テディ・ベアの口角が真一文字になった。


「絶対にやめたほうがいい」
「えっ?」
 低い声で脅すような口調になる。
「キミを学校でイジメた奴らのことを忘れたのかい? 外はああいう連中でいっぱいだって言っただろう」
「でも」
「ボクが大嫌いなものは二つある。洗濯機に放り込まれることと、アナの悲しむ顔を見ることだ」
 テッドの恐ろしい剣幕に、アナはただうなずくしかなかった。

 それから、やっぱりスタンドをやめたい、と話す機会をうかがっていたのだが、嬉しそうにレモンシロップを仕込むママを見ていたら、とても切り出せなかった。
 約束した土曜日は、刻一刻と近づいてくる。結局、何も言えないまま当日の朝になってしまった。
 とぼとぼと暗い面持ちでキッチンを訪れたとき、アナはその光景に思わず悲鳴をあげた。シンクの蛇口は開いたままで、ママが床に倒れていたのだ。苦しそうにお腹を押えている。そこからドクドクと血が流れている。
「どうしたのママっ!?」
「アナ、救急車を呼んでちょうだい……」
「ねぇ、何があったの!?」
「分からない。けど、後ろから誰かに刺されたの……。誰もいないはずなのに」
 アナが台所を見ると、輪切りにされたオレンジがまな板にのっていた。けれど、その脇には包丁がなかった。倒れているママの手にも握られていなかった。

 その夜、パパは病院に寝泊りすることになった。当然スタンドの件はなかったことになり、アナは冷凍食品の夕飯をひとりで摂ることになった。
「アナ、言ったじゃないか。外は危険でいっぱいだって」
「うん……」
「こんなことを言っちゃいけないけど、刺されたのがキミじゃなくて良かった。もしキミがやられていたら、今頃は……」
 マカロニチーズを口に運ぶアナの手が止まった。
「何を言ってるの、テッド」
「ごめん。でも、これで分かっただろう」
 ––––ごとり。何か重いものがカーペットに落ちる音がした。
「何の音」
 アナがテッドのほうを見ると、テディ・ベアはあわてて「その何か」を隠すような態勢をした。だが、ぬいぐるみの体長では覆い隠せないそれが、光を反射してきらっと輝いた。
 包丁の先端だった。
「そ、それどうしたの」
 テッドはこちらに背を向けたまま、一言も発しない。
「……」
「ねぇ、その包丁はどうしたのよ!」
「……」
「も、もしかして、テッドがやったの? ママを」
「アナを守るためなんだよ」
「嘘でしょう?」


 こちらを振り返ったテッドの顔に、アナは小さく悲鳴をあげた。吊り上がった目に、ニイと片方だけ上がった口角。邪悪な笑みを浮かべている。
「キミを理解できるのはボクだけだ。世間の奴らは、誰ひとりキミのことを愛さない。理解しない。ボクだけなんだよ、アナの理解者はね」
 テッドは足元の刃物を手に近づいてくる。まるでモンスター映画の一場面のように。
「どうしてもこの部屋から出ていくというなら……」
 アナは後ずさりをして、壁に追いつめられた。このままでは殺されてしまう。何か、テッドを怯ませる手段はないか。
 テディ・ベアの大嫌いなこと。
「洗濯機」
「なに?」
「今すぐ包丁を下げなさい。さもないと、洗濯機に放り込んで、庭で一日中干してやるわよっ!」
「うっ!?」
「明日の日曜日。あたしは一人で屋台をやるわ」
「自殺行為だ。サメの泳いでいる海に自分から飛び込むなんて」
 アナはテッドから包丁をもぎ取った。

 翌朝、四月の太陽の下に、アナは立っていた。
 レモネードは1杯1ドル。レモンスカッシュは1杯1ドル50セント。粗末な折りたたみテーブルの上には、使い捨てのコップとシロップ、冷水の入ったピッチャー、炭酸水のボトルがあった。
 スタンドの前を何人もの大人や子どもたちが通り過ぎていった。
 けれど、誰も足をとめようとはしなかった。
(やっぱりテッドの言う通りだったのかな……)
 まるで透明人間になったような気分になりながら、アナはパイプ椅子に腰を下ろした。
(誰もあたしになんて興味ないのかな……)
「レモンスカッシュ一つ下さい」
 陽が落ちてきて、そろそろ撤収しようかと思っていた矢先に、女の子が声をかけてきた。花びらをあしらった黄色いワンピース。先週、向かいの家でレモネードを売っていた女の子だった。
「あ、あなたは」
「私の名前はリサ」
 彼女は1ドル50セントをテーブルに置いた。

 その夜。病院からパパが帰ってきた。ママは命に別状はないらしく、来週には帰れるという話だった。
 アナは寝室に戻ると、さっそくテッドに話しかけた。レモネードが一つ売れたこと。憧れのリサと会話できたこと。
「ねぇ、聞いてる? テッド」
 返事がない。
「テッド?」
 その夜からテッドは、喋らないただのぬいぐるみになった。




今回、実験的に生成AIを使ってイラストを挿入してみました。
ナオユキ様による以下の記事を参考にさせていただきました。


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