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そして延滞料だけが残った【ショートショート#141】(1390字)

わたしは今、最高に幸せだ。
いつもなら憂鬱な月曜日の朝だって、肩で風を切って歩いてしまう。
その原因は、トートバッグのなかにそっと忍ばせてある。
駅から会社までの道で、後輩に話しかけられた。
「ご機嫌ですね? 先輩」
「ふふふ」
「どうしたんですか?」
「わたしはね、今胸がいっぱいなんだ」
「恋でもしたんですかぁ?」
わたしは首を横にふった。TSUTAYAのレンタルバッグをチラッと後輩に見せる。帰りしなに返却しようと入れておいたのだ。
「ドラマにハマってるとか?」
「そう。『大草原の小さな家』って知ってる? 今の子が知ってるわけないか」

1975年(昭和50年)に放送開始したアメリカ制作のテレビドラマ。アメリカ西部開拓時代を舞台に、開拓民のインガルス一家が助け合いながらたくましく生きる姿を描いた全8シーズン(183話)のロングシリーズである。

「面白いんですかぁ?」
「うん。ついに昨日、シーズン8の最終話を見終わったんだ。あぁ、なんて美しい家族愛なんだろう。瞳を閉じれば、そこにはミネソタの大草原が広がっている……」
すると、後輩の口から意外なセリフが飛び出した。
「ちょっと興味あるかも。あとで話を聞かせてくださいよぉ」
「えっ!」
わたしの幸せゲージは容量オーバーして溢れ出しそうだった。
昼休みになると、さっそく彼女を近所のスタバにひっぱり込んだ。
好きなものを注文していいと言うと、
ショート……いや、グランデサイズで
「え? ま、まぁ、いいけど」
奢るとは言ったものの、躊躇なくグランデを選ぶとは。
今月はDVDを借りまくったせいで、だいぶ財布の中身が寂しい。節約しなければ、月末まで毎日モヤシで凌がなければならなくなる。わたしはショートサイズのホットコーヒーを注文した。
「いやぁ、嬉しいよ。周りにドラマを知ってる人がいなかったからさ」
トッピング特盛ダークモカチップフラペチーノのストローに口をつけながら、後輩が上目遣いでこちらを見てきた。
「先輩の話を聞いてたら、見たくなってきたかも」
「マジで!」

わたしは今、最高に幸せだ。
だって、大好きな『大草原の小さな家』を語り合える仲間が見つかったのだから。
その夜、若い子たちの間で人気(らしい)イタリアンの店でディナーをすることになった。後輩にぜび連れていってほしいと頼まれたのだ。
「うわぁ! これ、いつか絶対食べたかったんですぅ!」
「よ、よかったねぇ」
ウェイターが運んできた大皿には、丸ごと一匹のオマール海老と、そのソースをたっぷり吸ったペンネが盛りつけられていた。
わたしは一番安いシーザーサラダを注文した。
「でね、マイケル・ランドン演じるチャールズが本当に最高で––––」
「へぇ~! 今日借りて帰ろうかなぁ」
「マジで!」
わたしは調子に乗ってしゃべりまくった。ワインを何本も開けてしまい、気づけばラストオーダーの時間になっていた。
「今日はごちそうさまでしたぁ」
「うん、いいよいいよ」

ああ、今日は楽しかったなぁ。
べろんべろんで帰宅するなり、スーツを脱がず、化粧も落とさずにベッドに倒れ込む。
薄れゆく意識の片隅で、何かを忘れていたような気がした。
床に放り投げたトートバッグから、TSUTAYAのレンタルバッグが顔を出しているのに気づいた。
「え、延滞料––––」
わたしは絶望した。


こちらの企画に参加させていただきます。

■セリフ
「ショート……いや、グランデサイズで」
■三題
・草原
・返却
・ペンネ


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