猿の天国【ショートショート#120】(1490字)
▼今週のお題
■セリフ
「これしか勝たんのよ」
■三題
・温泉
・パジャマ
・頬骨
(ひつじが1匹、ひつじが2匹、ひつじが3匹……)
あたしは深夜、ベッドのなかでまんじりともせず起きていた。サイドテーブルのデジタル式時計は深夜2時を表示している。あたしは経営コンサルティング会社「スマートコンサルティング」の営業課で働いている。ところが、最近成績が思わしくない。
そのせいか、眠れない夜がここ数週間にわたって続いている。寝不足のぼーっとした頭では仕事もはかどらない。それで、成績はさらに下がり、また眠れなくなる。悪循環に陥っていた。
あたしは目を血走らせながら、不眠の解消法を探していた。マッサージに鍼灸にサプリに睡眠導入剤、手当たり次第に何でも試した。だが、どれもうまくいかなかった。
(ひつじが4匹、ひつじが5匹、ひつじが6匹……)
やけになったあたしは、子供じみたやり方にすがることにした。広い牧場をイメージして、ひつじが1匹ずつ柵を越えていく様子を思い浮かべる。
「だめだ。眠れない……」
あたしは仕方なくパジャマのままリビングに行き、テレビをつけた。
頬杖をついて適当にザッピングしていたら、ある深夜番組が目についた。女子アナが各地の秘湯に入浴してリポートするという、いかにもな番組である。
「あっ、ご覧ください。かわいらしい先客が入ってますよ~!」
山奥の温泉を訪れた女子アナが、野生のニホンザルを指している。体毛がほとんど白くなった年寄りのサルである。気持ちよさそうに湯に浸かっている様子を眺めていたら、あたしはふと思いついた。
ひつじを数えるのは、英語でsheep(ひつじ)とsleep(眠り)が似ているからだと聞いたことがある。ならば、日本語で「ひつじが1匹、ひつじが2匹」などと数える必要はないではないか。
あたしは目を閉じて、雪深い山中の温泉に、1匹、また1匹とサルたちが集まってくる様子を想像した。
(サルが1匹、サルが2匹、サルが3匹……)
あぁいいな。このほうが語呂もいい。あたしはリビングで頬杖をつきながら、サルを数えはじめる。
(サルが4匹、サルが5匹、サルが6匹……)
空想のサルたちはどんどん集まってきて、次第に温泉が狭くなってくる。増殖したサルたちがウキー、ウキーと騒がしい。しかも想像の中だからなのか、サルたちの言葉が分かってしまう。
「やっぱ疲労回復には温泉な。これしか勝たんのよ」
「それな~」
さらには、些細な理由でサル同士のケンカがはじまった。
「おい、いま肩ぶつかっただろ。あやまれよ」
「何だぁ?」
これではまるで修学旅行に来た中学生の集団ではないか。せっかくの温泉が台無しだ。
(たのむから静かにしてくれ!)
あたしは、想像の温泉に浸かりながら頭をかかえた。なんてことだ。やっと眠れそうだったのに。すると、隣にいる何者かに肩を優しく叩かれた。
「人の子よ。落ち着かぬ様子じゃな」
それは、ついさっきテレビで観た白い老猿だった。
「はぁ。眠れないものですから」
「ふむ。老生の見るところ、おぬしは働きすぎじゃな。休みはとっておるのか?」
「いえ。忙しいもので……」
「それはいかん! 人の子には有給休暇というものがあるんじゃろ。無理にでもそれを取って、一週間ぐらい旅に出るとよいぞ」
「ハハハ……ご冗談を」
「冗談ではない。身体を壊しては元も子もないじゃろ!」
「……」
「行き先は、そうじゃな。この温泉がいいじゃろ。老生はいつでもここでおぬしを待っておるぞ」
あたしはハッと目を覚ました。どうやら、リビングで一時間近くうとうとしていたようだった。頬杖をついていたせいか、頬骨がじんじんと痛い。だが、まるで寝湯に浸かっていたような心地よい感覚があった。
「休み、取ってみるか」
その夜、あたしは数週間ぶりに深く眠ることができたのだった。
