意味なし3000文字 #1
たかが3000文字。
されど3000文字。
3000文字では人生は語れない。
だがチャーハンの作り方を書くには十分
だろう。
3000文字では愛について語れない。
だが程度の低い恋文であれば十分だろう。
その中で
私は意味なく3000文字を消費したい。
私のnoteでは今のところ下の鼻血について書いた記事が最も文量が多い。
およそ1000文字程度。
流石にこれでは恥ずかしい。
鼻血について語る記事が1番文量が多いなんて、
いい恥だし、文量も全然多くない。
しょうもない記事を書きすぎて、
文量が700か800文字程度に
収まってしまっている。
中華丼やハンカチ落としに関して何千文字も連ねたってしょうがないし、そこまで私も暇ではない。そんな思いで短い記事ばかり書いてしまって、この有り様だ。
ということで、この記事では私が長い文量をこなしていくための練習台として3000文字を無理してでも書き連ねていく。
内容は伴っていない。質より量だ。
量が伴えば質もついてくる。
河野玄斗もそう言っていた。ような気がする。
3000文字も何を書くことがあるのか。
政治や哲学の話は私にはできない。
政治の話をするとしても、
「ベーシッコインカム」を全おしっ国民に尿付するとか、そういったしょうもないことしか思いつかない。
下剤の財務省、下剤務省というのも
ありかもしれない。
そんな話は誰もしていない。
どう3000文字を費やすか、という話だ。
まだ600文字程度だ。5分の1にすぎない。
限界だ。
どうやって3000文字も書き連ねることが
できようか。
才能の差を思い知らされる。
さんぜんもじはながすぎる。
なんというながさだ。
ながすぎた。なめていた。
あんいにこんなちょうせんをするもんではなかった。いまわたしはひらがなにしてなんとかもじすうをかせぐというこざかしいしょうがくせいのようなてにでている。
めちゃくちゃよみにくい。おとのすくないにほんごのわるいところがでている。
やくぶつで、、、あとは、、、かせごうか、、、なんて、、、かんがえて、、、い、、、、、る、、、、、わ、、、、、け、、、、、だ、、、、、が、、、、、さ、、、、、す、、、、、が、、、、、に、、、、、こ、、、、、そ、、、、、く、、、、、す、、、、、ぎ、、、、、る、、、、、だ、、、、、ろ、、、、、う、、、、、か、、、、、?、、、、、。
い、、、、、や、、、、、よ、、、、、の、、、、、な、、、、、か、、、、、と、、、、は、、、、、そ、、、、、う、、、、、い、、、、、う、、、、、も、、、、、の、、、、、だ、、、、、。
これで1000文字程度か。
あと2回これをしなければならない。
流石に見づらいし、私の方も書いていて辛くなってきたので正当にいくことにした。
よく考えれば、書くのは脳みそをぞうきんのように必死にふりしぼってでてきた
ちょろろと雀の涙ほどのアイデアを形にしていく時間のかかるものなのに対し、
読んでいる方は目線で文字を追いかけていくだけでいいのだから、いいご身分である。
しっかり理解しようとして数学の教科書とか
難解なミステリー小説を読むのは困難でも、
こんなどうしようもない私の駄文などただ目で追いかけてみれば読めてしまうのだろう。
そう思うと無性に腹が立ってきた。
なんで3000文字も簡単に読まれてしまうのに苦労して書こうとしているのだろうか。
完全なやつあたりである。
だが逆に言えば、こんなしょーもない記号をいちいち目で追いかけている方が滑稽な気がしてきた。おーい、見てるか〜わら
いや、しょーもない記号を並べている方がよっぽど滑稽である。
なんという悲しい話か。
はぁ、そろそろ半分か。
長い。長い。
東京から大阪に至る時の
静岡県よりも長い。
3000文字を記すってこんなに大変なことだったのか。読み手としては3000文字なんて割とすっと読めてしまいそうだが。
中2の国語で読んだ「走れメロス」は何文字だろうか。ちょっと調べてみよう。
10000文字!?!?!?
すげぇ量だ、よくこんなに書けるな太宰治。
人間失格を読んでエリートのくせして
不幸面してるいけ好かないやつだなぁとか
思ってたのが申し訳ない。
エリートのくせして不幸面しても許そう。
10000文字なんてなんと果てしない。
いくらでも世界を描けるんじゃなかろうか。
ちょっと調べたら3000文字は
ブロガーの最低でも1記事に書いたほうがいい
文量らしい。えげついな。
そんなに書ける人間がわらわらといるなんて、
日本の文章界(?)も安泰だ。
少し隅に目をやれば、3000文字に苦しむ
惨めな人間がいる。
残酷な世界だ。だがこれが確かな現実だ。
なにか書けることはないだろうか。
さっきから書くのが辛い、書けるやつはすごいとおんなじ話ばかりしている。
高校の最初の方のどこから通ってるか
何度も聞き合うあの時期に似ている。
沈黙が怖くて、なにか話を切り出そうと、
そんなことばかり言っている。
どうしようもなくなったら、
視点を中央に寄せて、何も考えないようにする。
それが私の高校生活だ。
これで2000文字程度。
みえてきた。結構見えてきた。
あと1000文字。なんとかしてひねり出そう。
1000文字。1000文字。
私が鼻血に関して「ハナッジ」の結論を出すまでに1000文字かかった。
ということはそれに類似した新しいことを書けばいい。
うーん、なにかいい案はないか。
適当に行動経済学の用語まとめみたいな
サイトを開く。
ホットハンドの誤謬⋯
ホットサンドの誤謬というのはどうだろう。
えー、まぁこんくらい食えるやろと
焼いたら意外と飽きてしまうみたいなそんな
誤謬だ。
これもある種の誤謬だろう。
なんか誤謬という言葉自体がなんだか
鼻につくようになってきたな。
別に誤りでいいのに、誤謬とかあえて名付けるやつはなんか、衒学者じみている。
この衒学者という言葉自体もちょっと衒学的
である。
知識ひけらかしクソダサマンとかでいいのだ。
これはサイコパスとか暴走族とかと同じ理論で、
わざわざ衒学者とかちょっと良いように言うから
皆衒学者を名乗ってしまうのだ。
知識ひけらかしクソダサマン。
それが彼らにふさわしいネーミングだ。
私も知識ひけらかしクソダサマンだし、
あなたも知識ひけらかしクソダサマン。
よし、2500文字までたどり着いたぞ。
ゴールが見えてきた。
500文字だったら私の普段書いてる記事とあんまり大差ない。
中華丼でもマリトッツォでもこんくらいは
語れるだろう。
何について語ろうか。
そうだな。やはり食べ物か。
食べ物がやっぱりいいよな。
どういう食べ物にしようか。食べ物と一口に言ってもいろいろあるしな。
食べ物と一口に言うってちょっとかかってるな。
別に意図したわけではないが、こういうことが
あるので、これらに名前を与え、「過失なぞかけ」
と呼ぶことにしよう。
「過失なぞかけ」界のねずっちとかも
出てきたら面白いので、出てきてほしい。
で、それはいいとして、食べ物だとしたら
何について語るのが良いだろう。
割ともう語ってしまった感があるし、
実は語りたいものがあるのだが、
それはまた別の機会に取り上げたい。
それに対しては言いたいことがいっばい溜まっているのもある。
悩ましい。なんとも悩ましい。
意外と中華丼みたいな、なんとも言えないパッとしない、けれども誰もが知っている食べ物みたいのは案外見つからないものだ。
ちょうどいいやつがないか。
あ、今3000文字になった。
