賃貸経営の「法人化」は相続対策になるか—個人所有との分岐点
大家なら一度は考える「法人化」という選択
賃貸経営がある程度の規模になると、必ず出てくるテーマがあります。
「そろそろ、法人化したほうがいいのだろうか?」
法人化は、所得税の話として語られることが多いのですが、実は相続対策としても大きな意味を持ちます。私自身、賃貸経営の現場に立つ立場として、このテーマは「毎年の税金」と「いつか来る相続」の両面から考えるべきだと感じています。
今回は、個人所有と法人所有の分岐点を、税率・売却・相続の3つの視点で整理します。
視点① 毎年の税率 ― 分岐の目安は「所得800〜900万円前後」
まず、毎年の税金の違いです。
個人の所得税は超過累進課税で、所得が増えるほど税率が上がります(住民税と合わせると、高所得帯では50%を超える水準に)。一方、法人税は中小法人であれば、実効税率はおおむね一定の水準に収まります。
この構造から、一つの目安が見えてきます。
課税所得が800〜900万円前後を超えてくると、個人の累進税率より法人の税率のほうが低くなり、法人化の税メリットが出やすくなる。
もちろん、法人化には設立・維持のコスト(登記費用、税理士報酬、均等割など)もかかるため、単純に税率だけでは決められません。ただ、「所得800〜900万円あたりが検討ラインになる」というのは、実務感覚として押さえておきたい分岐点です。
視点② 売却時の税金 ― 「分離課税」と「総合課税」の違い
次に、物件を売却したときの違いです。ここは個人と法人で、課税の仕組みそのものが異なります。

個人の場合、所有期間5年以下の短期譲渡は39.63%、5年超の長期譲渡は20.315%と、売るタイミングで税率が大きく変わります。譲渡益は分離課税なので、他の赤字とぶつけて減らすことも基本的にできません。
一方、法人の売却益は総合課税。つまり、法人内の他の損益と通算でき、赤字が出れば繰越欠損金として10年間繰り越して、将来の利益と相殺できます。
大規模修繕で赤字を作った年に売却益をぶつける、複数物件の損益を組み合わせる——利益を圧縮し、タイミングをコントロールできる自由度は、法人の大きな強みです。
視点③ 相続 ― ここが最大の分かれ目
そして、相続の場面では、個人と法人の違いが最も鮮明になります。
個人所有の場合
物件そのもの(土地・建物)が相続財産です。貸家建付地・貸家の評価減はあるものの、物件を分けにくいまま相続人が引き継ぎ、登記・分割・納税の問題に直面します。
法人所有の場合
相続財産になるのは、物件ではなく「法人の株式」です。ここに、法人化ならではの特徴があります。
不動産賃貸業は、借入ありきで物件を購入するケースが多い事業です。すると、法人の貸借対照表は「資産も大きいが、借入金も大きい」状態になります。株式の評価は法人の純資産等をもとに計算されるため——
収入(資産)に対して借入金が大きい構造では、株の評価がつきにくい。
つまり、事業としては健全に回っていても、相続税評価上は株価が低く抑えられやすいのです。財産が「分けにくい不動産」から「評価の低い、分けやすい株式」に変わる——これが、法人化が相続対策と言われる核心です。
法人化を活かした、生前の承継スキーム
この構造を活かすと、生前にこんな承継の設計が可能になります。

ポイントは③です。「財産(株)は先に渡すが、経営の手綱はまだ渡さない」——種類株式の設計を使えば、この両立ができます。財産の移転と経営の承継を切り分けて、時間をかけてスムーズに引き継げるのは、個人所有では実現できない、法人ならではの柔軟性です。
ただし、注意点も正直に
法人化は万能ではありません。検討時には次の点も踏まえてください。
設立・維持コスト:赤字でも法人住民税の均等割は発生。税理士報酬も個人より増えがち
個人所有物件の法人への移し替え:既存物件を法人に移すと、譲渡所得税・不動産取得税・登録免許税が発生。「これから買う物件を法人で」が基本形
株の評価は動く:借入の返済が進めば純資産は回復し、株価は上がっていく。移転のタイミング設計が重要
行き過ぎた節税は否認リスク:相続直前の駆け込みスキームは、税務上問題視され得ます(タワマン判決の教訓)
「毎年の税金」と「いつかの相続」を、同じ土俵で考える
個人か法人かの分岐点を整理します。
毎年の税率:所得800〜900万円前後が法人有利への目安
売却:個人は分離課税(短期39.63%/長期20.315%)、法人は通算+繰越欠損金10年で利益をコントロールできる
相続:法人なら「株式」の相続に。借入の大きい構造では株価がつきにくく、黄金株で経営権を残した段階承継も可能
法人化の判断は、目先の税率だけでなく、10年後・20年後の承継まで見据えて初めて正解が出ます。規模・所得・家族構成・物件の状況——実際の経営者の視点で、我が家の分岐点を一緒に見極めていきましょう。
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※法人化の有利・不利の分岐、株式評価、種類株式の設計は、所得・財産の状況や税制改正により異なります。具体的な実行は税理士・司法書士等の専門家にご確認ください。
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