性加害告発漫画の刊行中止は腐女子が求めた表現規制の“成果”
誇れよ。お前らの望んだことだろ。
性的描写の黒塗りを望んだ腐女子
加害と被害の使い回し

女は女の裸体描写を嫌うと腐女子(男同士のホモ恋愛創作を好む女オタク)は言う。この言い分は『女の裸体描写を嫌うのは腐女子』という意味では正しい。自分が男に興味を持たれるだけの性的魅力が無く、体の作りもバランスが悪いので、古くから絵画や彫刻の題材になるほどの美しさを持つ女体に憎しみすら抱いているのが腐女子だ。美しい女体が嫌いとバカ正直に言うのは自分が惨めになるだけなので『女の裸を性的搾取するのは許せない』と、あたかも悪を告発する義士のように振る舞う。
また、女の裸体描写が性加害を誘発するかのように吹聴するのも腐女子にありがちな振る舞いだ。先日、婦女暴行の被害を告発する意図で描かれたマンガが『性的搾取を煽る描写がある』とのクレームによって刊行中止に追い込まれた。外部からの脅しに屈して表現を抹消させた刊行元の弱腰な姿勢が非難されたが、見方を変えれば『表現の自由を否定してでも避けたいほど、クレームが苛烈だった』とも言える。
腐女子は大抵が親(稀に配偶者)のすねかじりな無職なので暇だけは人一倍ある。文字通り年中無休24時間にわたって『裸体描写は性的搾取』『婦女暴行をチー牛のズリネタにするな』とクレームをつける腐女子が何十人何百人と攻めてきたらどんな大手出版社も参ってしまうだろう。
こうして脅迫まがいのクレームに屈したら、今度は『ズリネタにならない正義の告発だから刊行元とチー牛が潰した』と被害者しぐさに切り替える。ひとつの“持ちネタ”を状況に応じて加害と被害に使い分ける。腐女子の粘着気質な攻撃性が表現の自由を脅かした一例と言えよう。

告発とズリネタの“格差”
腐女子が件の告発マンガの黒塗りを望んだのはそのシーンが『チー牛のズリネタ目的』に描かれたと解釈したからである。作者にその意図は無かったが、創作をどう解釈するかは受け取る側の勝手であり、描写の意図とのズレは非難されるものではない。後に当の腐女子が『性被害の告発はチー牛に都合が悪いから潰された』と被害者しぐさをしたが、同じ裸体描写で性被害の告発なら良いがチー牛のズリネタなら悪いとの区別は偏りがある。
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