不倫は文化──だったのかもしれない。
「不倫は文化」──語ったのは、間違いだったのか?
1996年、俳優の石田純一が「不倫は文化」と“言ったことにされた”このフレーズは、瞬く間に“時代の迷言”として独り歩きしていった。
しかし、実際には彼はそのような言葉を発していない。チャリティーゴルフ大会で記者から「不倫は許されないことですから」と問われた際、石田は「今までの文化をつくったり、いい音楽やいい文学っていうのは、そういうことからもできている」と答えたに過ぎない。
にもかかわらず、「不倫は文化」という見出しが独り歩きし、彼は激しい批判にさらされた。内容の是非ではなく、語ったという事実そのものが問題視されたのだ。
語ってはいけなかったのだろうか? あるいは──語った“のが男だったから”いけなかったのだろうか?
不倫という行為が問題なのではない。その“語られ方”、あるいは“語られること”そのものが社会的に規定されていたのではないか。
不倫は誰の物語だったのか?
不倫が“語られるべきもの”として社会に現れたのは、1980年代だった。
象徴的なのが、1983年に放送されたドラマ『金曜日の妻たちへ』である。
このドラマは、当時としては珍しく、主婦たちの不倫を“感情の物語”として描いた。
倫理の逸脱ではなく、家庭とは別の場所で芽生える感情にフォーカスが当たっていた。
つまり、不倫は単なる裏切りではなく、“語る価値のある経験”として扱われたのだ。
だが、語っていたのは女性だった。
あくまで“女性たちの視点”で、女性の心の揺れが描かれていた。
そこにいる男たちは、どこか無口で、受け身で、語られない側にまわっていた。
これは偶然ではなかった。
女の語りには共感が与えられ、ドラマ化され、物語になった。
一方で、男が何かを語ろうとすると、その言葉はどこにも定着しなかった。
理由も動機も、語れば語るほど“正当化”とみなされてしまう空気があったのかもしれない。
だから男は、黙っていた。
いや、もっと正確に言えば──語らないことが“ふさわしい態度”とされていったのだ。
沈黙が誠実さとなり、言葉は逆効果となる。
語らないことでしか成立しない“男の不倫像”が、そこには生まれていた。
こうして不倫は、「女性の側から語られる物語」として形を持ち、
「男性の側から語られることのない関係」として、沈黙の中に置かれていった。
男はなぜ語らなくなったのか?
語られなかったのではない。
語れなかったのでもない。
──男は、語ることを“あきらめて”いった。
語れば、それは説明になる。
「そんなことを言っても、不倫でしょ?」
そのひとことで、どんな気持ちも、どんな迷いも、正当化に見えてしまう。
男が感情を言葉にしようとした瞬間、
それは“悪い感情”として括られる。
もはや、どんな語りも許されない構造が出来上がっていた。
だったら、黙っていた方がましだ。
語るほど悪く見えるなら、沈黙こそが最善の“防御”になる。
やがて男は、“語ることが失点になる世界”に適応していった。
謝ることだけが許された。
理由は求められない。気持ちは必要とされない。
ただ、「申し訳ありません」と頭を下げる。
社会が許容する“男の語り”だった。
この沈黙は、自己犠牲や誠意ではなかった。
ただ「語っても届かない」ことを、どこかで理解してしまった結果だった。
語れば傷つける、語れば否定される、語れば終わる──
その学習の末に、男たちは言葉を手放した。
不倫に関する男の語りは、そうして風化していった。
そして残された“語りの空白”は、別の誰かによって埋められていくことになる。
語らなかったことに罪がないとは言わない。
だが、その沈黙は“逃げ”ではなく、“語ればますます誤解される”という社会的構造に包囲された結果だった。
語らなかったのではなく、“語る余地そのものがなかった”のかもしれない。
その空白を、誰が語ったのか?
男は語らなかった。
語ろうとすれば、言い訳になる。
だから黙った──その空白に、ある種の“余白”が生まれた。
そしてその余白に、語りを与えたのは、女性作家たちだった。
たとえば江國香織の『東京タワー』。
不倫関係にある男女の物語を、どこまでも静かな筆致で描きながら、
その“語られない側”──男の感情を、あくまで言葉にしないまま浮かび上がらせていく。
説明しない。言い訳をしない。
ただそこに、理由のわからない寂しさや、抗えない情熱がある。
その感情は、男が自分の口で語れば“軽さ”に堕ちてしまう。
だが、女性作家の視点を通すことで、語らずに語ることが可能になった。
それは、「男の言葉」でなく、「女の語り」が男を代弁した構造でもあった。
江國作品に限らず、2000年代以降、
不倫を描く文学作品の多くが、“語られない男”の感情に寄り添う形で物語を成立させていく。
“沈黙の奥にある何か”を、誰かが代わりに拾い上げた。
それは優しさだったのか、あるいは“男性の物語をも成立させる装置”だったのか。
いずれにせよ、語りの主導権は、そこで決定的に変わっていく。
語ることが、許されたのは誰だったのか?
不倫という行為に、善悪の判断は常につきまとう。
だが、語ることの可否は、行為の是非とはまた別の文脈にある。
女性が語れば、それは“心の揺れ”として受け取られる。
寂しさ、孤独、満たされない日常──
たとえ不倫であっても、その語りにはどこかで共感の余地が残されていた。
だが、男が語れば、それは“都合のいい言い訳”として受け取られる。
「家庭がうまくいっていなかった」「本気じゃなかった」
──その言葉は、聞かれた瞬間から“悪いほうの物語”に分類される。
同じ感情でも、語り手によって物語の重みはまるで変わる。
女性の語りは、文学になった。
ドラマになり、エッセイになり、ひとつの“情緒”として流通していった。
一方、男性の語りは、ほとんど物語化されなかった。
仮に語られても、どこか軽薄で、卑怯で、独善的な響きをまとってしまう。
この非対称は、単なるジェンダーギャップではない。
社会全体が“感情の表明”に対して、
性別によって異なる期待と寛容さを持っていたという証左でもある。
女性が「寂しかった」と言えば、それは物語の起点になる。
だが、男が「寂しかった」と言ったとき、それはただの“勝手な甘え”になる。
語っていい感情と、語ってはいけない感情。
語って許される立場と、語れば責められる立場。
不倫という現象は、その構造的な語りの制御によって文化化された。
語ったものが「許され」、語れなかったものが「裁かれる」──
そんな非対称な物語の地形が、そこには広がっていた。
語らなかった男の、その後
2000年代以降、女性の視点による“不倫の物語”は一般化した。
文学、テレビドラマ、エッセイ──
そこには多くの“心の物語”が存在し、共感され、時には称賛された。
一方、男たちはどうだったか。
語る場を持たず、沈黙のままフェードアウトする役割を、
いまも多くの物語の中で演じ続けている。
不倫の物語において、男性はしばしば“理解できない存在”として置かれる。
どこか無責任で、どこか身勝手で、感情の動機を見せようとはしない存在。
だが、そもそも語れない構造が先にあったとしたら──
その無言は“欠落”ではなく、“抑圧”の結果だったのではないか。
語る言葉を持たないこと。
語っても届かないという学習。
語ったところで、誰も聞いてくれなかった記憶。
それらが累積した結果、男たちは不倫を「物語にする」ことを放棄した。
いや、“物語にならない場所”に押し込まれた。
だからこそ、語りの空白は女性作家たちによって補われ、
不倫の物語は、ますます女性の視点で語られるものとなっていった。
男が語らなくても、物語は成立する──
誰かが“代わりに語ってくれる”からだ。
それは便利で、平和で、説明がいらない世界だったかもしれない。
だがその裏で、男たちは言葉を失ったまま、感情ごと消えていった。
それでも、語ってはいけなかったのか?
あのとき、石田純一は語った。
「不倫は文化だ」と──そう報じられた。
たとえ実際にはそんな言葉を使っていなかったとしても、
彼が“不倫について語った”という事実だけが、社会の糾弾対象となった。
それは、内容の是非ではなかった。
語ったという行為そのものが、“身勝手な開き直り”と受け止められたのだ。
つまり──男が語った時点で、それはすでに“失敗”だった。
この構造は、いまも変わっていないのかもしれない。
男が感情を語れば、「言い訳」として切り捨てられ、
語らなければ、「何を考えているのかわからない」と拒まれる。
では、どうすればよかったのだろう。
語らずに去るのが正解だったのか。
それとも、語られることのないまま、誰かの物語の中で役割を終えるしかなかったのか。
けれど、本当は──語りたかったのかもしれない。
語れば笑われ、語れば否定され、
語っても誰も聞いてくれなかったとしても、
それでも“語る”という行為にこそ、残されたものがあったはずだ。
不倫は文化ではなかった。
だが、不倫をめぐる語りの非対称性は、確かに“文化を形成した”。
語った女は、物語を持った。
語れなかった男は、物語を失った。
──もしかしたら、それだけのことだったのかもしれない。
だからこそ、あの一言はこう記憶されている。
「不倫は文化だ」──あれは、“語ることすら許されなかった男の、最後の台詞”だったのかもしれない。
