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夏のおもひで~母からの渾身のビンタ
人は生涯に、いくつかの“音”を忘れずに持って生きる。
ふと思い出す、あの日の話をしたいと思う。
あの日の私は、まだ幼稚園児。
ひとり川へ遊びに出かけ、近所の兄弟が筏を浮かべようとしている場面に出くわした。どこから調達したものか、数本の木をくっつけて、アニメによくある旗を立てていた。が、うまく浮かばず、ばしゃりと水面に倒れてばかり。
眺めていると、「およぎにきたら」と声をかけられた。
わたしは、「みずぎじゃないから」と返答したが、自分たちも服のままだと笑っており、そうなのか、と納得して、川に入ることにした。
川の水は冷たくて、流れに身を任せると気持ちよかった。
その兄弟達と一緒に遊びたかったが、彼らは筏に夢中であり、てんで相手にしてもらえない。
つまらなくなり、川から上がって帰宅することにした。
そして全身 ビタビタのまま帰った玄関口。
母とお客様がいた。
「川でおよいできた」
無邪気に報告した。
そこからの記憶は曖昧である。
次の場面では “バチン!!” という大きな音とともに
真っ暗な玄関内に倒れこんでいた。
母に強烈な平手をいただいていたのである。
後年思い出すたび、母に恥をかかせてしまったな、悪いことをした、と反省したものだ。
しかし大人になった今ならわかる。
あれは我が子が水の底で二度と浮かばぬ姿を想像してしまった、その恐怖が平手打ちとなったのだと。
あの“バチン”という音は、私が愛されていた、という大いなる証である。
と同時に、母にとっては、とてつもない恐怖体験であったろう。
あの日のことを、振り返って話したことはない。
暑い日が続く。
スイカでも買って、実家に行って、元気だよと、顔を見せにゆこうか。

