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マティーニの向こう側

深夜のバーで、マティーニを飲んでいた。

若い頃は、マティーニという酒に少し憧れがあった。

映画の主人公や小説の登場人物が飲む酒で、
自分にはまだ似合わないような気がしていた。

実際に飲んでみると、思った以上に辛口で、
正直なところ、最初は何がおいしいのかよく分からなかった。

それなのに、年齢を重ねるにつれて、少しずつ好きになった。

人生には、若い頃には分からなかった味がある。

マティーニも、その一つかもしれない。

先日、新宿のバーで一人カウンターに座った。

目の前には一杯のマティーニ。

グラスの向こうには無数のボトルが並んでいる。

その光景を眺めながら、ふと思った。

人生も、案外こんなものなのかもしれない。

若い頃は、未来ばかり見ていた。

何者になるのか。

何を成し遂げるのか。

どこへたどり着くのか。

目の前にある今よりも、まだ来ていない未来のほうが大事だった。

しかし、年齢を重ねると、少し景色が変わる。

これから何になるかよりも、これまで何を見てきたのか。

何を失い、何を得たのか。

誰と出会い、誰と別れたのか。

そんなことを考える時間が増えてくる。

カウンターの向こうには、数え切れないほどのボトルが並んでいる。

一本一本に、それぞれの物語がある。

蒸留された土地の風土。

造った人の思い。

飲んだ人の記憶。

それらが積み重なって、一つの酒になる。

人間も同じなのだろう。

成功したことだけで出来上がっているわけではない。

失敗したこと。

遠回りしたこと。

後悔したこと。

思い通りにならなかったこと。

そんなものも全部混ざって、今の自分になっている。

『スローターハウス5』の主人公ビリー・ピルグリムは、
時間を行き来する。

過去も未来も同時に存在している世界だ。

トラルファマドール星人は言う。

「すべての瞬間は、いつまでもそこにある」

もしそうなら、人生のどの瞬間も消えてはいない。

若かった自分も。

失敗した自分も。

必死だった自分も。

どこかに、今も存在している。

マティーニのグラスを傾けながら、そんなことを考えた。

バーという場所は不思議だ。

酒を飲む場所であると同時に、時間を飲む場所でもある。

グラスの中には酒しか入っていない。

それなのに、人はそこへ思い出や後悔や希望まで注ぎ込んでしまう。

だから一杯の酒が、ただの酒ではなくなる。

人生の後半になると、旅の意味も少し変わる。

新しい景色を見るためだけではない。

これまで歩いてきた道を、もう一度見直すために旅に出る。

そして、ときどきこうしてバーに立ち寄る。

何かを忘れるためではなく、

何を持ってここまで来たのかを思い出すために。

マティーニは相変わらず辛口だった。

だが、若い頃より少しだけ、その味が分かるようになった気がした。

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