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クルマを衛星から動かす時代?車載衛星通信の覇権争い

こんにちは、たくわんです。今回深掘りするニュースは、

空飛ぶ基地局という言葉をご存じでしょうか?地上基地局ではカバーしきれない山間部や島しょ地などのエリアを、空に基地局を置くことで1台で広くカバーしようというアイデアです。そして、TeslaのCEOイーロンマスクが代表を務めるSpaceXはStarlinkと呼ぶ通信衛星を世界で最も多く打ち上げており、グローバルカバー率は世界一。近い将来、スマホの電波が圏外になることはなくなるかもしれません。
この衛星通信はすでにauなどがスマホ向けにサービス開始しています。そして、さらにGPSのような測位だけでなく、自動運転などの高精度通信も空飛ぶ基地局を介して行う技術の開発がグローバルで加速してきています。
今回の記事を読んでいただければ、空飛ぶ基地局の開発競争はもちろん、自動運転などを衛星通信で行うことの技術的なハードルがご理解いただけると思います


エグゼクティブサマリー

① GEO、LEO、HAPSは、それぞれ異なる高度と特性を持つ非地上ネットワーク (NTN)の構成要素です。

静止軌道衛星 (GEO)は高度約36,000kmから広大な範囲をカバーし放送などに利用されますが、通信遅延が大きいという課題があります。低軌道衛星(LEO)は高度数百kmから数千kmを周回し、低遅延・高速通信を実現しますが、多数の衛星で構成されるコンステレーションが必要です。高高度プラットフォーム (HAPS) は高度約20kmの成層圏から、さらに低遅延で地上のスマートフォンと直接通信できる点が特徴でしょう。これらを統合した多層的なネットワークを構築することで、それぞれの長所を活かし、短所を補い合う、シームレスで強靭な通信インフラの実現が期待されています。


② スマートフォンの衛星通信は、衛星に携帯電話基地局の機能を持たせ、地上の既存周波数帯を利用することで、特別な改造なしにスマホとの直接通信 (Direct-to-Device)を可能にする技術です。

日本ではKDDIが米国SpaceX社と提携し「au Starlink Direct」としてテキストメッセージサービスを先行して開始しました。楽天モバイルは米国AST Space Mobile社と組み、ビデオ通話の実証実験に成功しています。ソフトバンクとNTTドコモも2026年のサービス開始を計画しており、現在はメッセージングが中心です。とはいえ、将来的には音声通話やブロードバンド級のデータ通信の実現を目指す競争が激化しています。


③ Starlinkは、北米、欧州、日本、オーストラリアなど主要先進国を含む100以上の市場でサービスを提供し、圧倒的なグローバルカバー率を誇ります。

一方で、中国やロシアなど、安全保障上の理由から政府の認可が得られない国・地域ではサービスが提供されていません。現在の第2世代衛星1機あたりの帯域幅は約80-96 Gbpsと推定されますが、将来のVR/ARや大量のIoTデバイス接続といったニーズに対しては不十分なんです。この課題に対し、Starlink社は1機で約10倍の1Tbpsの容量を持つ第3世代衛星を開発しており、衛星の質的向上によって将来の需要増に対応する戦略です。


④ Starlinkが市場を席巻する中、日本の通信事業者は単純な競合ではなく、より多角的で戦略的なアプローチをとっています。

ソフトバンクは、Starlink社の法人向けサービスを再販する一方で、B2Bに強い英国OneWeb社や独自のHAPSを組み合わせた多層ネットワークの「統合・制御(オーケストレーション)」を目指しています。NTTは、米国Amazon社のProject KuiperというStarlink社の直接的な競合と組み、さらに独自の光技術(IOWN)を駆使した「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」という、宇宙空間でデータ処理を行う次世代インフラの構築を構想しています。私が考えていたように、競合との提携と仲介役の両側面を持ちつつ、各社は独自の付加価値を追求しているのです。


⑤ 自動車のような高速移動体で衛星通信を普及させるには、複数の技術課題を克服する必要があります。

まず、車両には空気抵抗が少なく、広範囲の空を高速で追尾できる低背型電子走査フェーズドアレイアンテナが不可欠ですが、そのコストが大きな課題です。次に、高速移動に伴うドップラー効果による周波数偏移を通信チップがリアルタイムで補正する高度な信号処理能力が求められます。さらに、数分ごとに入れ替わるLEO衛星間や、衛星通信と地上5G網との間を途切れることなく切り替えるシームレスなハンドオーバー技術が通信の安定性に直結します。これらのハードウェアとソフトウェアを統合し、自動運転支援 (ADAS) やV2X(車車間・路車間通信)といった安全性が最優先されるシステムと連携させるための、セキュアで信頼性の高い通信プロトコルとソフトウェアの確立が急務となります。


⑥ 自動車衛星通信の技術課題に対し、世界各地域で特色ある研究開発が進められています。

中国では、自動車メーカーの吉利汽車 (Geely)社が自社で衛星コンステレーションを構築し、自動運転に不可欠なセンチメートル級の高精度測位を実現する垂直統合モデルを推進しています。欧州では、ドイツのフラウンホーファー研究所がESA (欧州宇宙機関)の支援のもと、アンテナや通信プロトコルなどの基盤技術を開発し、オープンなエコシステム形成を目指しています。米国のKymeta社は、車両搭載に特化した電子走査式のフラットパネルアンテナを製品化し、トヨタなどと実証実験を行うなど、特定技術の商業化をリードしています。日本では、JAXAやNICTが中心となり、将来の通信システムの根幹をなす光衛星間通信や、需要に応じてリソースを柔軟に割り当てるデジタルビームフォーミング技術など、より基礎的かつ先進的な研究開発に注力しています。



【① GEO、LEO、HAPSとは何か】

非地上ネットワーク、通称NTN (Non-Terrestrial Network)は、地上の通信網を補完したり拡張したりするため、宇宙空間や成層圏を利用する通信技術の総称です。
これは主に、高度の異なる3つの要素、すなわち静止軌道衛星(GEO)、低軌道衛星(LEO)、そして**高高度プラットフォーム (HAPS) **によって構成されるものなんです。
● 静止軌道衛星(GEO: Geostationary Earth Orbit)
地上から約36,000 kmという、はるか上空の静止軌道に位置しています。
その役割は、地球の自転と同じ速度で周回することによって、地上からは常に同じ場所に静止しているように見える特性を活かすことです。このおかげで、わずか数機の衛星で地球の広範囲を常時カバーすることが可能になるんですね。主に、テレビ放送や気象観測、広域での安定した通信バックホール回線として利用されています。
求められるスペックとしては、15年以上の長期間運用に耐えうる高い信頼性が挙げられます。一方で、地上との距離が非常に遠いため、通信の遅延が大きいことが最大の課題でしょう。
● 低軌道衛星(LEO: Low Earth Orbit)
こちらは地上から200kmから2,000kmの低い軌道を周回します。例えば、米国SpaceX社のStarlinkは約550kmの高度で運用されています。
役割としては、地上に近いためGEOに比べて通信遅延が劇的に少なく、高速なデータ通信が可能です。これにより、光ファイバーに匹敵するブロードバンドインターネットサービスを、これまで提供が難しかった山間部や海上、航空機内など、地球上のあらゆる場所に提供することを目指しているのです。
ふと、求められるスペックを考えてみると、高速で地球を周回するために1機の衛星がカバーできる範囲は限定的です。そのため、常に上空に衛星が存在する状態を維持するには、数百から数千機の衛星を連携させる「衛星コンステレーション」(多数の衛星を連携させて一体的に運用するシステム)の構築が必要不可欠です。衛星同士をレーザー光で結ぶ衛星間光通信(衛星同士をレーザー光で結び大容量通信を行う技術)のような高度な技術も求められます。
● 高高度プラットフォーム (HAPS: High Altitude Platform Station)
地上から約20kmの成層圏を飛行します。
その役割は、「空飛ぶ基地局」とも呼ばれ、衛星と地上基地局の中間的な役割を担います。LEOよりもさらに地上に近いため、遅延が極めて少ないんです。そして、専用のアンテナや端末を必要とせず、一般的なスマートフォンと直接通信できる点が最大の特徴でしょう。1機で半径50〜100kmのエリアをカバーし、災害時の緊急通信網の確保や、特定の地域の通信エリアの穴をピンポイントで埋めるのに適しています。
求められるスペックは、太陽光発電などを利用して数ヶ月単位での長期滞空能力です。衛星に比べて打ち上げや機体の更新が容易で、コストも低いという利点があるんですよ。
これらGEO、LEO、HAPSは、単に競合するだけではありません。実のところ、互いに連携してシームレスな統合ネットワークを構築することが将来の姿だと考えられています。
例えば、基幹通信をGEOが担い、ユーザーへの高速アクセスをLEOが提供し、都市部やイベント会場など特定の高密度エリアをHAPSがカバーするといった、それぞれの長所を活かした役割分担ができます。これにより、より強靭で信頼性の高い通信インフラの実現が期待されているのです。


【② スマホの衛星通信の仕組みと現状】

スマートフォンの衛星通信は、「Direct-to-Device (D2D)」や「Direct-to-Cell」と呼ばれる技術によって実現されます。これは、従来必要だった専用の大型アンテナや特殊な端末を介さず、市販のスマートフォンが直接、低軌道(LEO)衛星と通信する画期的な仕組みです。
● 通信の仕組み
まず、サービスを提供するLEO衛星には、地上の携帯電話基地局と同様の機能を持つ高度なeNodeBモデム(LTE基地局の主要な機能を持つ通信装置)が搭載されています。これにより、衛星がまるで「宇宙空間を移動する基地局」のように機能するわけです。
この技術の鍵は、地上の携帯電話で使われているLTEや5Gと同じ周波数帯を利用する点にあります。このおかげで、スマートフォン側はハードウェアやファームウェアの変更、特別なアプリのインストールも不要で、既存の端末のまま衛星との通信が可能になります。
とはいえ、スマートフォンのアンテナは出力が弱く、とても小さいですよね。この微弱な電波を宇宙空間で捉え、また衛星からの電波をスマホに届けるため、衛星側には非常に強力な大型のフェーズドアレイアンテナ(多数の小さなアンテナを並べ、電波の向きを電子的に制御するアンテナ)が搭載されています。このアンテナが、電波を特定の狭い範囲にギュッと集中させる「ビームフォーミング」(電波を特定の方向に集中させて送受信する技術)を使い、地上のスマートフォンを正確に狙って通信を確立します。
そして、衛星はユーザーのスマホと通信した後、地上局(ゲートウェイ)(衛星からの電波を受け、地上のネット網に接続する施設)へとデータを転送します。地上局は携帯電話事業者のコアネットワークに接続されており、そこからインターネット網につながるのです。利用者から見れば、海外で現地の通信事業者にローミング接続するのと似たような形でサービスが提供されるでしょう。
● 国内通信会社の動向と実現レベル
日本市場の先駆者である**KDDI(au)**は、米国SpaceX社と提携して「au Starlink Direct」を2025年4月から提供開始しました。当初はSMSやiMessageなどのテキストメッセージ送受信や位置情報共有からスタートし、現在は一部アプリでのデータ通信も可能になっています。
楽天モバイルは、米国のAST Space Mobile社と提携し、「SpaceMobile」プロジェクトを推進しています。2025年4月には、市販スマートフォン同士でのビデオ通話実験に成功したと発表しており、高帯域通信の実現で先行していると言えます。2026年第4四半期に「Rakuten 最強衛星サービス」として商用化を目指すようです。
ソフトバンクは、HAPSや英国OneWeb社への投資と並行し、2026年にスマホとの直接通信サービスを開始すると明言しています。提携先は非公表ですが、Starlink社が有力視されていると考えています。
NTTドコモも2026年夏のサービス開始を目指しており、ソフトバンクと同様の状況にあるとされています。
現在、実現している通信レベルは、KDDIが提供するテキストメッセージングが商用化の第一歩です。楽天モバイルとAST Space Mobile社の実証実験成功により、将来的には動画視聴やChatGPTのようなリッチなデータ通信も技術的に可能であることが示されました。各社が2026年を目標にサービスインを計画しており、今後、日本国内でのサービス競争が本格化する見込みでしょう。


【③ Starlinkのグローバルカバー率とキャパシティ分析】

米国SpaceX社が展開するStarlinkは、低軌道(LEO) 衛星通信市場において圧倒的な存在感を示しており、そのグローバルな展開と通信容量は他の追随を許しません。
● グローバルカバー率
2025年半ば時点で、Starlink社は日本、米国、カナダ、欧州の大部分、オーストラリア、ブラジルなど、世界100以上の国や市場で正式なサービスを提供しています。利用者数は全世界で700万人を超え、特に先進国や広大な国土を持つ国々で急速に普及が進んでいます。
一方で、中国、ロシア、インド、イランといった国々ではサービスが提供されていません。また、アフリカや中東、アジアの一部地域では、現在も政府による規制当局の承認待ちの状態が続いています。
さて、Starlink社が利用できない主な理由は、技術的な問題ではないんです。実のところ、各国の政治的・規制上の障壁が原因となっています。特に中国やロシアのような国では、外国企業が管理する通信インフラが国内で広まることに対する安全保障上の懸念から、サービスの承認が下りていないのでしょう。その他の国々では、国内通信産業の保護や、承認プロセスの遅延などが理由として挙げられます。
● 通信衛星1台あたりのキャパシティと将来ニーズ
1台の衛星が同時に処理できるユーザー数は、衛星の総帯域幅、つまりスループットに依存します。現在主流の第2世代(Gen2) 衛星の総帯域幅は、1機あたり約80〜96 Gbpsと推定されています。これは、第1世代衛星の約4倍の容量に相当します。
それでも、将来のニーズに対しては十分とは言えません。1機の衛星は約24km四方のセルをカバーしますが、このエリア内で将来的に求められるであろう通信需要、例えば多数のユーザーによるVR/ARコンテンツの利用や、膨大な数のコネクテッドカー、IoTデバイスからの常時接続などを考慮すると、現在のGen2衛星のキャパシティでは著しく不十分です。既にStarlink社は、ユーザー密度が高い地域で通信速度が低下する「輻輳(ふくそう)」(通信回線が混み合って繋がりにくくなること)を避けるため、セルあたりのユーザー数を制限しています。世界の衛星通信市場は2033年までに現在の2倍以上に成長すると予測されており、需要の爆発的な増加は確実なんです。
このキャパシティ不足を解決するため、Starlink社は次世代の第3世代(Gen3) 衛星の開発を進めています。Gen3衛星は、1機あたりの下り通信容量が1 Tbps (1,000 Gbps)以上と、Gen2の10倍以上の圧倒的な性能向上を目標としています。将来的に1つのカバーエリアで1Tbpsの通信需要が発生した場合、Gen2衛星では12〜13機が必要になりますが、Gen3衛星であればわずか1機で対応可能になります。Starlink社の戦略は、衛星の数をただ増やすだけでなく、**衛星自体の性能を飛躍的に向上させる「質的転換」**によって、将来の需要を先取りすることにあると考えています。


【④ Starlinkに対抗する主要通信事業者の衛星戦略】

Starlink社がコンシューマー向け市場で圧倒的なリードを築く中、ソフトバンクやNTTなどの大手通信事業者は、単純にStarlink社と競合する衛星を打ち上げるか、あるいはStarlink社の仲介役になるかという二者択一ではありません。私が立てた仮説は的を射ている部分もありますが、実のところ、現実はさらに高度で多角的な戦略を展開しているんです。
● ソフトバンク: 多層ネットワークの「統合・制御者」
ソフトバンクの戦略は、自らを単一の通信手段の提供者ではなく、あらゆる通信レイヤーを統合し、最適に制御(オーケストレーション(複数のシステムを統合し、連携させて最適に動作させること))するプラットフォーマーと位置づける「Ubiquitous Transformation (UTX)」構想に基づいています。
法人(B2B)向けに強みを持ち、通信品質保証などを提供する英国OneWeb社と提携しています。これは、コンシューマー(B2C)中心のStarlink社とは異なる市場を狙う、補完的な戦略と言えるでしょう。
その一方で、高速・低遅延通信が求められる特定のニーズに応えるため、「Starlink Business」の再販も手掛けており、Starlink社を自社のサービスポートフォリオの一部としてちゃっかり活用しています。
さらに、成層圏に無人航空機を飛行させるHAPSを推進しており、衛星よりも低遅延でスマートフォンと直接通信できる独自の強みを構築しているのです。
結論として、ソフトバンクは、Starlink社の競合 (OneWeb社)と提携しつつ、Starlink社の仲介役も担うという、仮説の両方を実行しています。しかしその本質は、これら複数の非地上ネットワーク(NTN)と自社の地上網をシームレスに束ね、顧客のニーズに応じて最適な通信手段を自動的に提供する「統合・制御者」としての地位を確立することにあります。
● NTT: 次世代宇宙インフラの「構築者」
NTTの戦略はさらに長期的かつ野心的です。SKY Perfect JSATとの共同事業体「Space Compass」を通じて、「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」構想を掲げています。
まず、Starlink社の最大の対抗馬と目される米国Amazon社の「Project Kuiper」と戦略的協業関係を結び、日本国内でのサービス展開を共同で進めます。これは、Starlink社への直接的な対抗策と位置づけられます。
しかし、NTT戦略の核心は、単なる通信サービスの提供に留まりません。自社の次世代光技術「IOWN」(光技術をベースにした次世代の通信基盤構想)を活用し、静止軌道(GEO) 衛星上にデータセンターを構築しようとしています。そして、衛星間で光通信を行い、宇宙空間でデータ処理を完結させ、必要な結果だけを地上に送るという壮大な構想なんです。この構想、なんだかワクワクしませんか?これにより、通信の遅延や地上設備の負荷を劇的に削減することを目指します。
結論として、NTTは、Starlink社の競合となる衛星(Kuiper)を打ち上げる陣営に属していますが、その最終目標は、通信インフラそのものを宇宙に拡張し、新たなコンピューティングの形を創造するという、より根源的な技術革新にあると言えるでしょう。

【⑤ 高速移動体(自動車)における衛星通信の技術課題】

自動車のような高速で移動し、かつ絶え間ない通信の信頼性が求められるプラットフォームに衛星通信を導入するには、静止したユーザー向けのサービスとは比較にならないほど複雑で多岐にわたる技術的課題を克服する必要があります。アンテナ、半導体、通信プロトコル、ソフトウェアの全てが一体となって機能することが不可欠なんです。
● アンテナ技術: 低背化と高速追尾の両立
従来のパラボラアンテナは、その形状と機械的な駆動部分から、自動車への搭載には全く適していません。車両には、空気抵抗が少なく、デザイン性を損なわない低背(ロープロファイル)な形状でありながら、上空を高速で移動するLEO衛星を瞬時に捉え続ける性能が求められます。
この難題を解決するのが、電子走査フェーズドアレイアンテナ(機械的な可動部なしに、電子的に電波の向きを制御できる平面アンテナ)です。しかし、このアンテナは極めて高コストであり、自動車市場での普及には抜本的な価格低減が必須でしょう。また、アンテナを車両のルーフやガラスに美しく統合する車体設計・製造技術も大きな挑戦となります。さらに、車両が旋回したり、坂道を走行したりする状況でも衛星を捉え続けるため、地平線から天頂までを広くカバーする広角なビーム走査能力も要求されるのです。
● 通信の継続性: シームレスなハンドオーバー
LEO衛星は、1機が上空に見えている時間がわずか数分間しかありません。高速道路を走行中の自動車は、この短い時間内に、**次の衛星との接続を確立し、切れ目なく通信を引き継ぐ「衛星間ハンドオーバー」**を、まるでリレー走者のように高い頻度で繰り返さなければならないのです。さらに、都市部に進入して地上5G網が利用可能になった際には、**衛星通信から地上網へ、あるいはその逆方向へのスムーズな切り替え(異種ネットワーク間ハンドオーバー)**も必要になります。
これには、次の衛星の軌道を予測し、現在の接続が切れる前に次の接続を確立する「メイク・ビフォア・ブレイク」方式の高度な制御ソフトウェアが不可欠です。このハンドオーバー処理のわずかな遅延やパケットロスが、自動運転支援システム(ADAS)(先進運転支援システム)やリアルタイムのV2X通信においては致命的な問題になりかねません。
● 信号の安定性: ドップラー効果への対応
時速100kmで走行する自動車と、秒速7km以上で移動するLEO衛星との間では、**非常に大きな周波数のズレ(ドップラー効果)**が発生します。救急車のサイレンの音が、近づく時と遠ざかる時で変化するのと同じ現象ですよね。
この周波数のズレを、車両に搭載された通信チップ(モデム)がリアルタイムで精密に計算し、補正し続けなければ安定した通信は維持できません。これには、パワフルな信号処理能力を持つ専用半導体の開発が求められます。もし補正が不正確な場合、通信リンクは即座に途絶してしまうでしょう。
● プロトコルとソフトウェア: システム全体の統合
衛星通信システムは、単独で機能するわけではありません。V2X (車車間・路車間通信)、ADAS、インフォテインメントシステムなど、車両内の多様なネットワークと安全に統合される必要があります。
衛星通信特有の遅延の揺らぎやハンドオーバーを吸収し、車載アプリケーション側には常に安定した一本の通信回線として見せるための、インテリジェントな通信プロトコルやミドルウェアが重要になります。特に、自動運転に関わる安全制御系のデータ通信は最優先で確保し、エンターテインメント系のデータは一時的にバッファリングするなど、通信トラフィックを動的に管理・優先順位付けするソフトウェアの役割が極めて大きくなるのです。もちろん、サイバーセキュリティの確保も最重要課題の一つです。


【⑥ ⑤の課題に対するグローバルな研究開発動向】

自動車向け衛星通信の技術課題に対し、世界の主要地域ではそれぞれの産業構造や国家戦略を反映した、特色あるアプローチで研究開発が進められています。
● 中国: 垂直統合による自動運転エコシステムの構築
代表的な事例は、中国の浙江吉利控股集団 (Geely)社およびその傘下のGeespace社です。
中国の大手自動車メーカーである吉利社は、他社の衛星サービスに依存するのではなく、自社で低軌道衛星コンステレーション「Geespace」を設計・製造し、打ち上げています。この戦略の核心は、自社ブランドの自動車に搭載する自動運転レベル4の実現に不可欠な、センチメートル級の高精度測位情報と高信頼な通信を、自社の管理下で提供することにあります。これは、自動車から衛星、地上局までを自社で完結させる「垂直統合モデル」であり、自動運転という次世代技術の覇権を握るための国家的な戦略の一環とも言えるでしょう。
● 欧州: オープンなエコシステム形成を目指す産官学連携
欧州の代表事例は、ドイツのフラウンホーファー集積回路研究所(Fraunhofer IIS)と欧州宇宙機関(ESA)です。
ドイツが誇る世界最高峰の研究機関であるフラウンホーファーは、自動車向け衛星通信の根幹をなすインテリジェントなアンテナシステムや、5G/6Gと衛星を統合する通信プロトコル、V2X通信技術など、特定の製品に偏らない基盤技術の研究開発を主導しています。これを後押しするのがESAのARTESプログラムです。官民パートナーシップを通じて、欧州企業がアンテナ部品から通信サービスに至るまで、幅広い分野で技術開発を行えるよう資金提供と技術支援を行っています。このアプローチは、特定の企業を勝たせるのではなく、欧州全体の産業競争力を高めるオープンなエコシステムを構築することを目的としているんです。
● アメリカ: 特定技術の商業化をリードする市場主導型
米国の代表事例は、Kymeta Corporation社でしょう。
Kymeta社は、自動車をはじめとする移動体向け衛星通信の最も重要なキーデバイスである、電子ビームステアリング方式のフラットパネルアンテナの開発と商業化に特化しています。同社のアンテナ「Kymeta u8」は、ソフトウェアで制御される可動部のない製品であり、既に市場に投入されています。彼らはトヨタ自動車と共同で車載実証実験を行ったり、英国OneWeb社と提携して海上向けサービスを開始するなど、自社のコア技術を軸に、業界の様々なプレイヤーと連携する水平分業モデルを実践しています。これは、特定の有望技術を迅速に製品化し、市場を創出するという、アメリカらしい実利的なアプローチです。
● 日本: 次世代の根幹を担う先進的・基礎的研究
さて、日本のアプローチは、目先の製品化よりも、将来の衛星通信システムに不可欠となる、より先進的で難易度の高い基礎技術の研究開発に重点を置いています。
具体的には、衛星コンステレーションの通信容量を飛躍的に増大させる光衛星間通信技術、災害時などに通信需要が集中するエリアへ柔軟に電波を割り当てるデジタルビームフォーミング技術(デジタル信号処理を用いて、電波のビームを柔軟に形成・制御する技術)、そして準天頂衛星「みちびき」を活用した高精度な測位・軌道制御技術などです。また、三菱電機による宇宙空間でのアンテナ3Dプリント技術の研究など、製造プロセスそのものを革新する試みも行われています。これは、将来の技術覇権を握るための知的財産を蓄積する、長期的な国家戦略と言えるでしょう。


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