日本製鉄・USスチール対バイデン大統領・ CFIUS訴訟(1)
はじめに
日本製鉄株式会社(以下「日本製鉄」)とUnited States Steel Corporation(以下「USスチール」)とは、2025年1月6日、日本製鉄によるUSスチールの買収計画(以下「本件買収」)に対して出されたバイデン大統領による禁止命令について、禁止命令の無効と再審査を求めて、バイデン大統領(当時)(以下、単に「バイデン大統領」)とCFIUSと呼ばれる審査当局を訴えました(以下「本件訴訟」)。
また、同日、両社は、本件買収において日本製鉄の競争候補者であったCleveland Cliffs(以下「クリフス」)と、本件買収に反対する全米鉄鋼労働組合(以下「USW」)の首脳に対して、本件買収を不当に妨害しようと反競争的行為をしたものとして、これら行為の差止と賠償を求めて提訴しています(以下「本件関連訴訟」)。
本稿では、公表されている資料を基に、本件訴訟やCFIUSの概要を確認し、本件訴訟のポイント等を検討します。
1. 日本製鉄によるUSスチールの買収
本件訴訟の前提として、本件買収の概要を確認します。
2023年12月18日、日本製鉄は、日本製鉄がUSスチールの全株式を1株あたり$55(総額額約2兆円)で買収することを合意したと発表しました*1。
日本製鉄は日本を代表する製鉄メーカーで、粗鋼生産市場においても世界第4位(2023年)のシェア*2を誇る大手メーカーです。対するUSスチールも、1960年代は世界最大の鉄鋼メーカーで、2023年現在でも世界第27位のシェアを有します。本件買収が実現した場合、日本製鉄は、中国の中国宝武鋼鉄集団に次ぐ世界2位の鉄鋼メーカーとなる見込みであることが報じられています*3。
本件買収は、USスチールが自社の買収先を探していたところ、日本製鉄が他の買収希望者との競争を勝ち抜いて買収交渉権を勝ち取ったものです。日本製鉄は、自社の経営戦略において、アメリカ国内の鋼材需要が強まっていること等からアメリカを重要市場と位置付けており、アメリカ内に鉄鉱石の鉱山から製鉄所までの一貫した生産ラインを有することとなる本件買収を、大きな意義のある投資と捉えています。
2. CFIUSによる禁止命令
一般的に、合併や株式買収等のM&Aを進めるには、以下のような手続が必要となります。
①買収側と被買収側の間によるM&Aに関する契約締結(株式譲渡契約等)
②買収側/被買収側における会社法上の諸手続(取締役会決議や株主総会決議等)
③競争法当局への届出、合併等の承認取得手続
④その他各国法令に基づく各種規制対応(外資規制、許認可の承継等)
⑤その他上記①の契約で当事者が合意したクロージング条件の充足
日本製鉄とUSスチールも、本件買収のクロージングに必要なUSスチールの株主総会の承認や、各国競争法当局による買収承認の取得に向けて手続を進めていました。
また、両社は、本件買収をアメリカの国家安全保障の観点から審査するthe Committee on Foreign Investment in the United States (以下「CFIUS」。シフィウスと呼ばれています。)の審査を受けていました。その過程で、日本製鉄とUSスチールは、CFIUSに対して本件買収は、アメリカに安全保障上の懸念を及ぼすものではないことを説明してきており、CFIUSの懸念を払拭するために、以下の措置を提案していました。
①本買収完了後のUSスチールの取締役の過半数はアメリカ籍とし、そのうち3名の独立取締役はCIFUSが承認すること
②CEOやCFO等の重要職位に就く者はアメリカ籍の者とすること
③USスチールが提起する通商措置に日本製鉄は一切関与しないこと
④生産や雇用をアメリカ外へ移転しないこと
⑤ペンシルベニア州、アーカンソー州、アラバマ州、インディアナ州、テキサス州にあるUSスチールの拠点の生産能力をCFIUSの承認なく10年間削減しないこと
⑥国家安全保障協定の遵守状況等をCFIUSに定期的に報告すること
⑦CFIUSは取締役会にオブザーバーを派遣する権利を有すること等
しかし、2025年1月3日、バイデン大統領は、本件買収に対して禁止命令(以下「本件禁止命令」)*4を出しました。日本製鉄とUSスチールは、本件禁止命令は、バイデン大統領の政治的な思惑のためになされたものだと主張しています。この背景には、2024年11月5日にアメリカ大統領選挙があったことが影響しています。
バイデン大統領は、アメリカの民主党に所属する政治家ですが、民主党の大きな支持基盤として労働組合が挙げられます。ところが、USスチールの労働者も多く加盟するUSWは、本件買収に対して反対しています。また、USスチール本社のあるペンシルバニア州は、2024年アメリカ大統領選挙の最重要激戦区と位置付けられていました。こういった背景もあり、本件買収の是非は、政治的にも大きな関心を集めることとなってしまいました。
なお、本件禁止命令そのものには、本件買収を禁止した具体的な判断根拠は明示されていません。しかし、日本製鉄とUSスチールが公開した、アメリカ財務省担当官Andrew Fair氏による2024年12月23日付両社宛書簡*5(本件訴訟でも証拠として提出されています)によると、CFIUSは以下のような懸念を持っていたと両社へ伝えていたようです。
① 日本製鉄がアメリカ国内での鉄鋼生産能力の減少につながり得る行動を行い得る分類不可能なリスクがあること
②アメリカの安全保障において鉄鋼市場を堅調に保つことは必要不可欠であること
③アメリカ政府はUSスチール製品を直接購入している立場ではないため、法令が定める影響軽減措置を日本製鉄・USスチールと合意しても、安全保障上の懸念の解消策とはならないこと
④鉄鋼そのものは法令上、安全保障上重要な製品・技術として分類される項目には該当しないものの、アメリカの鉄鋼生 産量が減少することで供給不足が生じ、安全保障上の重要産業に悪影響を与えうること
3.CFIUSとは
本件禁止命令や本件訴訟について検討する前提として、CFIUSとはどのような機関か、またどのような審査を行うのかについて、確認します。
(1) CFIUSの役割・根拠法令
CFIUSは、外国企業・外国人によるアメリカ国内への一定の投資や不動産取引に対して、アメリカの国家安全保障上の影響を審査する権限を与えられた機関です*6 。
CFIUSの上記のような権限を定めるのは、1950年国防生産法721条(Section 721 of Defense Production Act of 1950, 50 U.S.C. § 4565)(以下「DPA」)*7と2018年外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018, H.R.5515-538)(以下「FIRRMA」。ファーマと呼ばれています。)*8があります。また、これらの下位規則として、31 C.F.R. Part 800以下の定め(以下「規則」)*9や、大統領令(Executive Order 11858 *10、Executive Order 14083 *11)等が定められています。
CFIUSは、下記(2)に定める取引に対して、DPA、FIRRMAその他の法令に従い安全保障上の影響を審査し、一定の場合その結果を大統領へ勧告します(Executive Order 11858§6(c))。大統領は、CFIUSの勧告を受け、国家安全保障上看過できない懸念があると判断した場合には、当該取引の禁止を命令することができます。
(2)CFIUSによる審査対象
CFIUSが審査権限を有するのは、以下の類型の取引(以下「対象取引」)です。
①外国人*12がアメリカ国内事業の支配を有することとなる買収等(DPA§4565(a)(3))
②外国人が、港湾内または軍事関連設備その他安全保障上重要なアメリカ政府設備に隣接するアメリカ国内の不動産であって、諜報活動その他安全保障上のリスクがあると合理的に懸念するものを取得することとなる不動産売買または賃貸(FIRRMA §1703(4)(B)(ii))
③外国人が以下のアメリカ国内事業に対して行う投資(FIRRMA §1703(4)(B)(iii))
(i)“critical infrastructure”の保有、運営、製造、供給またはそのサービス提供
(ii)“critical technologies” の開発、製造等
(iii)アメリカ市民に関する機微度の高い個人情報を、安全保障上の脅威となる方法により収集または保有する事業
④その他FIRRMA §1703(4)(B)に規定する取引
なお、対象取引のうち、上記③(i)や③(ii)に定められる取引類型は、日本企業によるアメリカ企業への投資において比較的関連する可能性が高い取引類型です。
ここに定められている“critical infrastructure”とは、システムや資産であって、当該資産等が使用不能または破壊された場合に、アメリカの安全保障を脆弱化させるほどの影響を与える重要なもの(物理的、仮想上のものを問いません)を指します(規則§800.214)。
また、“critical technologies”とは、核兵器そのものやその開発、製造に使用される製品・技術等や国際武器取引規則に定められる防衛品目、アメリカの輸出管理規則に定めるリストに掲載される品目等を指し、炭素繊維や暗号化技術等、軍事転用可能な製品・技術も幅広く含まれます(規則§800.215)
本件買収は、アメリカにとって外国企業である日本製鉄が、アメリカ企業であるUSスチールの全株式を取得する買収であるため、「外国人がアメリカ国内事業の支配を有することとなる買収」に該当するものとして、CFIUSによる審査の対象となりました。
(3)CFIUSによる審査プロセス
CFIUSは、DPA、FIRRMAや規則の定めに従い、以下のステップで審査を行います *13。
ステップ①:審査開始前の非公式な協議
ステップ②:審査(45-Day Review Period)
ステップ③:追加調査(45-Day Investigation Period)(必要な場合のみ)
ステップ④:大統領による審査(15-Day Presidential Review Period)(必要な場合のみ)
ステップ①について、CFIUSの審査の多くは、対象取引の両当事者がCFIUSに対して対象取引の届出を行うことにより開始されます。その際、CFIUSは対象取引の該当性やセーフハーバー(規則§800.401)の該当性を確認し、正式審査が必要な場合はステップ②以下の審査へ進みますが、セーフハーバーに該当する場合にはそれ以上の審査はなく、取引の実行が可能となります。
ステップ②に進んだ場合、原則45日間の審査期間が始まります。この間CFIUSは、DPA§4565(f)およびExecutive Order 14083§2、3に定める考慮要素を考慮して、証拠に基づき、対象取引が以下の観点からアメリカの国家安全保障上どのようなリスクを及ぼすか判断する「リスクベース分析」によって対象取引を審査します(規則§800.102)。
①危険度:当該外国人が安全保障上のリスクを引き起こす意図や能力
②脆弱性:対象取引の対象であるアメリカ国内事業が、アメリカの安全保障に対してどの程度影響を与えるか
③ 安全保障に及ぼす結果:上記危険度や脆弱性を勘案して合理的に引き起こされる蓋然性のある安全保障上の影響
CFIUSは、審査の過程で安全保障上の懸念が発見された場合でも、対象取引の当事者との間で、当該リスクを軽減するための安全保障協定を締結することも可能とされています(Executive Order 11858§7)。この際、問題となる安全保障上のリスクを特定し、当該リスクの軽減のため合理的に必要と信じるに足る措置を講じるものとされています。
ステップ②の審査において、対象取引により安全保障上の懸念があり、当該リスクを軽減することができないと信じるに足る理由があると判断した場合は、ステップ③以下の調査が行われます(DPA§4565(b)(2)(B)、規則§800.505)。
4.本件訴訟
(1)本件訴訟における当事者の主張
それでは、本題である本件訴訟の中身を確認しましょう。
日本製鉄とUSスチールは、本件禁止命令は、バイデン大統領の政治的な思惑のためになされたものであり、合衆国憲法が定めるデュー・プロセス上の権利を侵害し、CFIUSの根拠法令に違反するとして、本件訴訟を提起しました。なお、日本製鉄とUSスチールが提訴の際に提出した申立書(petition)や関連資料は、両社の本件買収に関する特設サイトで公開されています*14。
日本製鉄とUSスチールによるデュー・プロセス違反の主張は、具体的にはCFIUSの審査プロセスおよび大統領の決定において以下の問題があった、というものです。
①CFIUSの審査開始以前に、バイデン大統領の「本買収には反対」という姿勢に基づく、結論ありきの審査であること
- バイデン大統領は、CFIUSの審査開始以前の2024年3月14日、ホワイトハウス発行のステイトメントにより本件買収に反対を表明し、その後もUSスチールはアメリカの象徴的な会社でありアメリカ人によって所有、運営される完全なアメリカ企業であるべき等、演説活動等で反対意見の表明を続けた
-上記声明は、具体的な証拠によらず、また、政治的理由から本件買収を阻止すべきと判断したものであった
②日本製鉄とUSスチールには、安全保障上の懸念に対する主張立証の機会が十分に与えられなかったこと
- 2024年3月11日に両社がCFIUSへ届出を行い、同月26日にCFIUSがこれを正式に受理して審査を開始して以降、CFIUSは数か月間具体的な安全保障上のリスクの懸念を明示しなかった
- CFIUSは審査開始から5か月経過して安全保障上のリスクを明示したが、これに対して1営業日で返答するよう求めてきた
- 日本製鉄とUSスチールは、CFIUS主張のリスクに対して逐一懸念がないことを説明し、安全保障協定案や影響軽減措置案を提案したが、これらの検討を拒否された(通常のCFIUSの審査は、担当官と対象取引の当事者によるリスク軽減等の実質的議論を通じて審査がなされるにも関わらず、CFIUS担当官は、安全保障協定案や影響軽減措置案について実質的に議論する権限を与えられていないと面談の中で認めた)
③他の類似取引と比較して不公平に異なる取り扱いを行い、合衆国憲法上の平等原則を侵害していること
- CFIUSは、日本企業による米国製造企業への投資について、10年来1件も拒絶していない
- 鉄鋼業界において、CFIUSはロシアのような安全保障上アメリカと対立している国の企業による製鉄所等の取得も承認している
このような主張を補足するように、両社は、CFIUSは合理的なリスクベース分析を実施しておらず、証拠に基づくリスクの特定や影響軽減措置の検討を怠ったとして、以下のようなDPAやFIRRMA等の法定のCFIUS審査手続違反も指摘しています。
- CFIUSによる勧告を待って大統領が判断すべきところ、バイデン大統領はCFIUSの勧告なしに禁止命令を出していること
- CFIUSの審査過程でCFIUS担当官がUSW首脳やクリフスら対立するステイクホルダーと面談し、日本製鉄・USスチールによるファイリング外の情報を審査の基礎資料とした
また、両社は実態面においても、本件買収はアメリカの安全保障面を強化すること、アメリカの労働者や経済にとってプラスであること、日本はアメリカの重要な同盟国かつ経済面での協力国であること、USW・クリフスらがバイデン大統領の決定に影響を及ぼすべく積極的に活動してきたことを主張しています。
(2)本件訴訟のポイント
① デュー・プロセス上の権利
合衆国憲法修正第5条は、「何人も法のデュー・プロセスによらずしてその生命、自由もしくは財産を剝奪されない」*15 と規定し、手続的デュー・プロセス上の権利に対する審査は、侵害される権利の重要性と政府機関の利益の利益衡量により行われるとされています。
本件訴訟において、日本製鉄とUSスチールは、上記のようにCFIUSの審査手続や本件禁止命令が出された過程について、手続的瑕疵があったことを多くの事実を挙げて主張しています。
バイデン大統領が、CFIUSの勧告を受けずに本件禁止命令を出したこと、また、CFIUS審査開始以前から本件買収に反対の意見を表明し続けていたことは、Executive Orderの定めるプロセスに鑑みても、日本製鉄とUSスチールの主張において大きな論拠となり得ると思われます。
他方で、日本製鉄とUSスチールは、申立書でも主張しているように、CFIUSに対して本件買収は安全保障上問題がないことを説明する数々の主張、資料提出や、影響軽減措置・安全保障協定案の提案を行ってきています。そのため、CFIUSの反応が芳しくなかったことを以って直ちに手続的瑕疵と認められるかどうか、単体の主張としては弱いところではないでしょうか(他の手続的な問題点と合わせて手続的瑕疵を補強する材料にはなり得るでしょう)。
また、他の類似案件の比較についても、乱暴に極論してしまうと「日本企業がcritical infrastructureやcritical technologyが関係しない分野で米国企業の買収等を行う場合、CFIUSはすべて承認すべき」という議論になりかねないのですが、これは安全保障の分野に限らず、個別事案により判断すべし、との判断に至りやすいのではないでしょうか(とはいえ、本件禁止命令は、筆者にとっても驚くべき判断でした)。
②DPAの訴訟禁止条項
DPA§4565(e)において、DPAに基づく大統領のアクションや大統領が認定した事実関係は、法的審査の対象とならない、という定めがあります。
そのため、真正面から判断すると、そもそも本件訴訟は裁判所による司法判断の対象ではない、と形式要件により門前払いされる恐れがあります。
これに対して、日本製鉄とUSスチールは、本件禁止命令はバイデン大統領による越権行為によるもので、司法判断が可能だと主張しています。
同項による法的審査を排除する趣旨が、日本における統治行為論(高度に政治的な問題であるため、司法判断になじまない)のような考え方であるとすると、確かに大統領による実体的判断に対して裁判所が判断を行うことはないと思われます。しかし、それが手続的瑕疵に限定した判断であれば、司法判断になじむ、という判断もあり得るでしょう。日本企業が今後CFIUSの判断およびこれに基づく大統領の決定に不服がある場合の救済手段となり得るかの参考としても、裁判所がどのように判断するのか、重要な判断となりそうです。
③時間的制約との兼ね合い:日本製鉄・USスチールの総合戦略
本件訴訟は、本論の成否も大きな関心事ですが、判決がいつ出るかも重要です。
本件禁止命令では、CFIUSが延長を認めない限り、日本製鉄とUSスチールは、本禁止命令の30日以内に本件買収を完全かつ永久的に破棄するために必要なすべての手続をとり、その旨書面でCFIUSに対して証明しなければならないとしており、その後2025年6月18日までと期限が設定されました*16。
また、日本製鉄とUSスチール間(正確には買収用に設立した日本製鉄米国子会社との三社間)の合併契約(以下「合併契約」)によると、各社が充足すべき本件買収の前提条件の一つとして、CFIUSによる承認を取得することが定められています(合併契約第7.1条(c) Regulatory Approval)。そして、かかる前提条件の充足を含め、必要な諸手続を完了してデラウエア州当局に本件買収にかかる会社法上の届出を2025年6月18日までに完了させなければならず、同日までに完了しなければ合併契約を解除できると定めています(合併契約第2.3条 Effective Time、第8.1条Termination or Abandonment)。
更に、同日までにCFIUSによる承認を得られなかったことを理由に当事者の一方が合併契約を解除した場合、日本製鉄はUSスチールに対して$565百万(約884億円)の精算金を支払わなければなりません(合併契約第8.3条(b)Parent Termination Fee、第1.1条Definition)。
2025月2月3日から書面による主張が開始される旨報道されていますが*18、6月18日の期日に間に合わない可能性も高いと思われます。
しかし、仮に本件訴訟の判断が6月18日に間に合わなかったとしても、本件訴訟の存在そのものによるプレッシャー、また、本件訴訟と本件関連訴訟の展開により本件禁止命令の不当性をアメリカ内外にアピールすることで、政治面から本件禁止命令の撤回を模索するというシナリオもあるのでは、と考えられます。企業による訴訟において、訴状等を公表することは数少ない事例ですが、本件買収において両社は特設サイトを早々に開設して、訴訟資料だけでなく関連する資料を広く公開することで、世論の後押しを受けるという効果も大いにあるように思われます。
④日本製鉄・USスチールによる戦略的な対応
企業法務に携わる者として、巨額の本件買収を成功させるために、日本製鉄・USスチールの戦略的な対応にも注目しています。
本件訴訟の提起は、三が日の最終日1月3日に出された本件禁止命令のたった3日後の1月6日になされました。しかも、2025年の1月6日は、一般的な日本企業であれば年末年始休暇明けの仕事始めだったでしょう。このような素早い対応が可能だったのは、バイデン大統領の反対表明を受けて、日本製鉄・USスチール両社が、かなり早い段階から最悪のシナリオとして本件禁止命令が出されることをも想定し、想定ケースに応じて対応策を幾重にも準備されていたのだと思います。
上記のように本件訴訟は、純粋な法的措置というだけでなく政治的な側面も含むと思われる訴訟ですので、両社の法務部門だけでなく、社内では広報部門、渉外部門等と、また、社外の専門家(弁護士、PR/コミュニケーションコンサルタント、ロビイスト等)と密に連携し、総合的な視点で一貫した戦略に基づき準備する必要があったのだと思います。
M&A案件では、社内各部門を取りまとめるプロジェクトマネジメントが重要ですが、筆者の経験上、必ずしもうまく機能する場合ばかりではありません。本件買収は、思いがけず政治的に想定よりも大きな横やりが入った形かと思いますが、的確なプロジェクトマネジメントが功を奏して非常にタイムリーかつ戦略的な対応がなされていると、感嘆しています。
おわりに
本件訴訟は、上記のとおり多くの論点や注目ポイントのある興味深い訴訟です。今後の進展についても、改めて検討したいと思います。
脚注
*1 2023年12月18日付日本製鉄プレスリリース
https://www.nipponsteel.com/common/secure/ir/library/pdf/20231218_100.pdf
2023年12月18日付日本製鉄公表にかかる説明会資料「U.S. Steelの買収について」https://www.nipponsteel.com/common/secure/ir/library/pdf/20231218_200.pdf
*2 日本製鉄ファクトブック2023年より
*3 日本貿易振興機構(ジェトロ)2023年12月19日付ビジネス短信「日本製鉄、USスチールを買収、鉄鋼の生産規模は世界2位に」
2025年1月3日付日本製鉄プレスリリース
*4 Federal Register
*5 日本製鉄・USスチール共同サイト掲載 EXHIBIT B。
https://cdn.prod.website-files.com/657c753df917ef83a31f840c/677c080242e7697c9561272c_CFIUS%20Exhibits%20A-H%20for%20Petition%20for%20Review%201.6.25.pdf
*6 CFIUSウェブサイト
https://home.treasury.gov/policy-issues/international/the-committee-on-foreign-investment-in-the-united-states-cfius
*7 DPA原文
*8 FIRRMA原文
*9 規則原文
*10 Executive Order原文
https://home.treasury.gov/system/files/206/EO-11858-Amended.pdf
*11 Executive Order原文
https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2022-09-20/pdf/2022-20450.pdf
*12 個人だけでなく、企業や政府を含みます。
*13 CFIUSウェブサイト “CFIUS ORVERVIEW”のうち、“CFIUS PROCESS”参照。
*14 LITIGATION MATERIALS
*15 合衆国憲法修正第5条原文
https://constitution.congress.gov/constitution/amendment-5/
*16 USスチール リリース
*17 合併契約
*18 日本経済新聞電子版記事
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC20ALW0Q5A120C2000000/
