失恋と神話-人類学、構造主義の神話素でよみ説く障害福祉と援助観①

※ 2026.04.09 講談社現代新書さんがスキくれたからお礼のリンク!
こんど「はじめての言語ゲーム」読むよ!
現代新書じゃ無いけど、「異常の構造」著:木村 敏 も、読んだよ!
あと、「「自閉症」の時代」著:竹中 均 も、講談社現代新書!
※ 注意)以下は概ねフィクションです。
むかしむかし、失恋してさ、「なんで?」「どうして?」
兎にも角にもまだまだ若かったわたしには到底受け入れがたいイベントだ。
そんな喪失感から「愛ってなんだ?」って考えたんだ。
やーくたくたに疲れた寝なかったね。ほんとは寝たけどね。

なんで?どうして?性中2型神経症が止まらない夜をいっぱい過ごしたわたし。
わたしはわたし史上まれにみる あ、アボカトあ アポカリプス!を生き抜くのだ。
問題解決に臨んだわたし。
何の準備もしていないから初動から迂闊だった。
ただちに私設の事故調査委員会が脳内で座組された。

しかし!諸君、わたしの脳内事故調はわたし自身の鏡絵だった。
けだし、ダラダラ脱線がそもそもの旨とするんであったもんだから、はるばる遠征した阪急神戸線(十三駅でトイレ借りた)というシルクロードを玄奘三蔵よろしく命からがら踏破。

改札を潜り、天竺こと眼下の紀伊国屋さんでこの後"しこたま迷走する"こととなった。

百鬼夜行のごとき”著者”や、その著者どもの使役する”書店員”の群れ。

こやつらの仕掛けた、「いかにも」な「におわせ」な背表紙の呪文でカドワカサレテてしまう。恋の虜囚ではなく、失恋イベントキャンペーン中を通じて短期的ではあれど、わたしは本屋の傀儡となり果てた。
失恋の事故調をしてその強権をふるいたる権威も、今は昔となりにけり。
著者ども、書店員どもの敷いた奇門遁甲ハ門の陣、若きわたしちゃんの悩みは今や泥土の深み。

失恋相手に「きっと気持ちが伝わらなかった論」仮説を提唱したわたし。マジョリー・F・バーガス著「非言語コミュニケーション」を掴まされ、フロム著「愛するということ」という罠で翻弄されて、児戯に等しい我が論陣は、キリスト教的な「愛」でもって私の「恋」の死角へクリティカルをねじ込まれ昇華す。

永久機関が存在しない様に、恋愛に処方箋は存在しかったね。先人は正しく、これの第一選択薬は日置き薬です。
果てには言語、思想・哲学書っぽいところのコーナーという最果てに追いやられてしまうのだったよ?

「精神分析学入門」とか「存在と時間」とか「弁証法」何か原典っぽいのは難しそうだったから、そんとき買わなかった。
文庫で買えばよかったような古めの本ばかり買った。
しかもランダムに。

しまいには離れにあった祖父(いまはいないよ)の法蔵から「役行者云々」とかいう謎の出版元(出版社じゃなかった)から発行の謎の本まで漁るしまつだった。

これはこれでまた記事に書く!
それもこれも「なんで振られた?」「何が悪かったの?」「いやだ私を見てほしい」という駄々っ子ちゃんが根源。

人間はあさましい。
あさましいけどあの頃のわたしには何もかも見えず、なんでもかんでも学びになっていた気がする。
明らかに熱病にかかってた。

今思えば、仏教説話「毒矢の喩え」ってあるんだけど、大雑把に言えば「そんなこと考えるより何か食べなよ」斯くあれかし。
失恋に浸るとそれは、て、てろろどとしきとん、いや、テトロドトキシン、みたいソッコウで死んでしまうな!

主人公ちゃんは、だからフグは好きじゃないね。しらんけど

レヴィ・ストロース
選んだ本の中に 橋爪大三郎 著:はじめての構造主義があった。
講談社現代新書で買った。
読みやすかったから一気に読んだよ?
先に言っとく。わたしは本の要約はしない。わたしは本を複雑化してケムに巻く。
彼は神話体系を最小単位に解体して、"神話素"という単位を発見した。その構造理解を土台に神話を一度解体し普遍性をさ説明した。
そうやってスケールを借りて物事の構造を理解してみると、構造主義的な思考実験が出来る。
最後に先延ばしだけど、現場での二項対立関係、「利用者」と「職員」の場合「ナース」と「患者」でもいいや。ね?
この配役が適切かどうかは、読んでくださる方々の解釈にゆだねるんだけど(湯種じゃないよ!パンおいしいね!)
例えば、困窮‐救済 病‐癒し 迷う‐導く まあざっとこんな感じでもいいかと。それぞれ例えば「古事記」の日本が混沌とした自然から国家(制度的な集団)になる出来事とも構造的に相似する。
んして、神話体系からの二項対立関係構造を同様の構造的の名残としての「日本霊異記」、「竹取物語」などもそうやって答えの出ない普遍的な構造を孕んでいるのではないか?かぐや姫も月に帰還るっていう矛盾を内包する。

失恋を神話素で解釈してみた。恋愛は「相手」‐「わたし」の構図。
ここに二項対立(バイナリ)を見る。
そんで、気持ちの断絶とか未練(こうハッキル自分で言うと、ちょっと今でも胸がイタタタタだな)とか媒介(メディエーション)がある。
つまり、LINEの既読が来ないー もやもや とか、相手に別の彼カノが出来たー とか怒りや悲しみ、混乱や決着なんかの受け入れられない(自己認知、了解事項)の破綻。これに翻訳する仕組みが神話にはあると。
だからってそこに解決策を講じるほどやさしさはなくて、やっぱりプレイヤーは自分なのだ。
んでだ。トランスフォーメーション。

②へ続く。 かも。
