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素敵な時間泥棒|時間の向こうに、君がいた

はじめに

 この詩集には、日常のささやかな瞬間から、恋の喜びや切なさ、人生の儚さや時間の流れまで、さまざまな感情が詰まっています。
 きみとぼくの距離、光と影、言葉にできない想い――それらはすべて、私たちの心の中にある小さな宇宙です。
 ひとつひとつの詩は、短くても深い想いを込めました。ゆっくり呼吸を整えながら、言葉の間にある余白や静かな感情に耳を傾けていただければ幸いです。
 時には笑い、時には切なくなり、時には自分の心と向き合う……
 この詩集が、あなたの心の一部に、そっと寄り添う存在になりますように。
 読み終えたあと、ほんの少しだけ自分の夕暮れを思い出してもらえたなら、それで十分だと思っています。

第一章 揺れる心

人はときどき、
ほんの小さなきっかけで誰かと出会う。

それは偶然のようで、
もしかすると、
ずっと前から続いていた、
ひとつの点と点の出逢いなのかもしれない。

◆大吉

風邪をひいた君のために
おみくじを引いた

大吉!

まるで、
自分のことのよう!


今度は、君のねこが
病気になった

よくなるようにと
おみくじを引いた

また大吉!

ほらね きっと……

根拠のない自信を
ふたりで信じた

でも、結局、
願いは叶わなかった

君のねこは
虹を追って逝った

けれど
あの大吉は嘘じゃない

悲しみを乗り越えて
深まる縁

ふたりをつないだ
一枚の紙

いまも
この手で握りしめる


◆半分こ

君と僕は幼馴み
いつも一緒に遊んでた

おやつの時間に
メロンパンひとつ

半分こ!

君はそう言って
迷いなく割る

君の手にかかると
不思議と綺麗に半分になる

甘い香りが漂う

いつも君は言った

お菓子は半分こ
でもね
喜びは分けたら三倍に
なるんだよ!

その理屈は
今でも分からないけど

あの頃はそう信じてた

いまはもう
遠い昔の想い出

おやつの度に思い出す
君の笑顔と半分この味

胸の奥でそっと揺れる

もう一度巡り会えたら
喜びも悲しみも半分こ

あっ、そうか
喜びは三倍になるんだね


◆素敵な時間泥棒

ああ、今日もまた、
この時がやってきた
これから、
何時間も何日も続く、
切ない時間のはじまりだ

君と僕は遠く離れて住んでいる
新幹線で何時間もかかる距離だ
だから、たまにしか会えない
でも、それだけに、
会えたときはとびきり嬉しい

今日も始発でやってきた

「おはよう!」
駅のホームで元気に挨拶すると、
「おはよ!」
君も嬉しそうに挨拶してくれた

僕は君が大好きだ
君も僕を大好きだ

優しくて、親切な君には、
たまにしか訪れないこの貴重な時間で、
「あれも、これも」と
僕にたくさんしてくれる

夢のような、
でも限られた短い時間の中に、
「あれも、これも」を目一杯詰め込んで、
僕を振り回してくれる

そんな君を楽しそうに見ていると、
ふと我に返った君が言った

「ごめんなさい。私、時間泥棒だったわね」
「つい、いろいろしてあげたくなっちゃって……」

僕は、君をなぐさめながら、
「そんなことないよ、とても嬉しい!」
と言いかけてやめた

「そうだね、確かに君は時間泥棒さ」

君に会えない日、
四六時中、
君を想って過ごしている僕は、
時間の大半を、
君にごっそり持っていかれている
まさに、大胆かつ巧妙な時間泥棒さん!

でも、君に夢中になって時を過ごすことが、
なんて心地よいことか
別れの瞬間から次に会うまでの時間が、
なんて切ないことか
だから、また、すぐにでも会いたくなる。
まさに、常習性120%の素敵な時間泥棒さん!

正直言って、
君を好きすぎて、心も体ももたないよ

楽しい時間はあっという間に過ぎていき、
今、君と僕は新幹線のホームに立っている
出発のアナウンスが入り、
僕は終電に乗り込んだ

もうお別れだ
君の目に涙が溢れ、
僕の目に映った君の姿も
濡れてゆがんでいた

ああ、今日もまた、
この時がやってきた
これから、何時間も何日も続く、
切なくも甘い
「素敵な時間泥棒」のはじまりだ


◆点と点の出逢い

はじまりは一枚の花びらだった

風向きがちょっと違えば
出逢えなかった偶然

あのときまで
君も僕もふたつの別々な点だった

ふたつは出逢って線になり
季節が巡るときれいな円を描いていた

やがて逢瀬を重ねて円は重なり
厚みを増して空間になる

光が射す

僕たちはいつだって
手を握り、泣き、笑い、愛した

同じ速度で歩みながら……

やがて
月日を重ね過去とつながり
明日を生きて未来と結ぶ

時と仲良くなった

皺を重ねてもお互いを信じ
死してなお魂に刻み込む

互いを求めて生まれ変わり
再びこの世に現れる

ふたつの無垢な点

再会はもう偶然じゃない

新たに再生しても
きっと結ばれる

またどこかで
花びらが舞っている

僕はふっと振り向いた

君がそっと微笑んでいる


第二章 きみを待つ時間

誰かと過ごす時間は、
不思議なくらい
早く過ぎていく。

待つ時間も、
何気ない会話も、
すべて、かけがえのない
小さな宝物になる。

◆君を待つ僕〈無人駅〉

ここは
ローカル線の無人駅

毎週土曜日
君はここにやってきて
僕はここで待っている

理由なんて決まってる

季節は移り変わっても
変わらない景色シーン


君は桜とやってくる
淡いピンクのワンピース
風に舞う花びらが
白いベールのように
君を包む


君は向日葵とやってくる
黄色のタンクトップ
向日葵の元気な黄色が
汗ばむ君と
一緒に輝いている


君はもみじとやってくる
ルージュを引いた唇
赤や黄色のもみじが
風にさらわれ
小さな渦をいくつも描く


君は粉雪とやってくる
白いモフモフのコート
綿毛のような粉雪が
そっと降りてきて
君の肩にふわりととまる

ここは
ローカル線の無人駅

今日もまた土曜日
君を待つ僕がいて
視線の先に君がいる


◆君を待つ僕 〈観客席〉

今日も僕は
お気に入りの指定席で
君の出番を待っている
所在なさげな
この手とともに

舞台は第二幕 第一場
そろそろ君の出番だ

いつもそう
この時間が
嬉しくも辛くも――

待ち遠しさが隠せない!

舞台裏で待つ君は
プリンシパル然として
舞台に集中しているはず……

ん!
そんなはず、ない!

あわてんぼうの君のこと
もうすぐ迫る出番に向けて

あれやこれやと
準備に追われ
トウシューズの紐が
絡んでるかも

普段の君を見ていると
容易に想像できすぎて
思わず笑みがこぼれてしまう

そんな君を
ただ見守っている

今日も僕は
お気に入りの指定席で
君の出番を待っている
吹き出しそうな
口元を抑えて


◆君を待つ僕〈応接室〉

今日もまた
二時間ドライブして
君の家にやってきた


大きな玄関で、呼び鈴を押す前に
襟を正した
ボタンを押す手が震えている

いつもの執事が出てきて
応接室に案内された

いつもそうだが
この部屋が好きになれない

偉そうな彫刻や肖像画たちが
僕を品定めするかのように
鋭い視線で睨んでくる

この部屋の時間は
まるで止まっているかのよう……
ほんの一分が一時間に感じる

ティーカップがカタカタと鳴る
僕の緊張はまだ上がっていく


二十分が経ち
君の部屋に通された
君はいつもと変わらぬ笑顔で
僕に駆け寄り抱き着いた

これまで離れていた寂しさを
この一瞬で取り戻すかのよう――
互いを強く抱きしめ合った


応接室とは対照的に
君の部屋の時間は一分が一秒のようだ

楽しい時間はあっという間に終わる

帰り際、君は言った
「もうあまり会わない方がいいのかな?」

唐突な君の言葉に
心臓が凍りつく

「どうして?」
そう言ったあと
その語気の強さに驚いた

「こんな風に会うのはあなたを傷つける」
そう言って君は僕を真っ直ぐに見た

その瞳に嘘がないのは
よくわかっていた

「そんなことない!」
喉まで出かかった言葉をぐっと飲みこみ
消え入るような
か細い泣き声でぽつり呟いた

「見捨てないで……」

静寂の淵に溶け込みそうな
小さな涙声を拾った君は
僕を胸に抱いて言った

「見捨てるわけない」
「もう結婚しましょう」
「これ以上あなたに窮屈な思いはさせたくない」

「!」


今日もまた
二時間ドライブして
君の家から帰る途中だ

さっきまで泣いていた誰かは
今はもう、微笑んでいた


◆帰り際

今日もまた、
終電ギリギリで
ふたり駆け足してる

帰り際はいつもそう

予定をいっぱい詰め込んで、
おしゃべりに夢中になって……

結局、駅まで駆け足になる

サヨナラが迫るなか、
夜の街が
足早に過ぎ去ってゆく

君は息を切らせて涙ぐむ

僕は君の手を引いて
隣で同じ景色を見ている

僕らは今日も
同じ歩幅で時の中を
駆け抜ける


◆寝息の贈り物

クリスマス・イブ
あいにくの雨のなか
僕は君の部屋を訪れる

ベルを鳴らすとドアの向こうで
「は〜い」と元気な声と同時に
「ガッシャーン」と大きな音も……

ドアのこちらは暖かな空気
テーブルには色とりどりの料理が並び
ローストチキンの香りが漂う

でも、せっかくお化粧した
クリスマスツリーは
恥ずかしそうに横たわっている


半べそをかきながら
呆然とする君
思わずクスリと笑う僕

「さあ、一緒に直そ」
そう言って直し始める僕に
君はもう機嫌を直して笑ってた

しばらくして
とっておきのシャンパンで乾杯
君が作った料理を一緒に楽しむ

肉汁滴るローストチキンを筆頭に
料理から立ち込める湯気が
「早く食べて」と身をよじる

作り過ぎでは?
でも、気が付けば
お皿はすべて空いていた

僕たちはワインのボトルを開けて
香りを楽しみながら
ふたり並んでソファーで映画を見る

朝から忙しかったんだね
そのうち君は僕に寄りかかる
ふと、寝息が聞こえてくる

無防備な顔をして
穏やかに眠る君の横顔
長い巻毛が輪郭をなぞる

一足早く届いたプレゼントを
そっと心にしまって
君の温もりに身を委ねる

クリスマス・イブ
雪にならない雨が
まだ、しとやかに降っている


◆夕焼け空

「ピコンッ!」

「お外、綺麗だよ」
「( ˙ω˙ ) ?……」

僕は急いで外に出た

夜の帳が降りるその刹那、
風そよぐ夕焼け空と
モコモコのひつじ雲が
青とピンクに染まる

「綺麗だね」
「綺麗だよ」

僕らはたまにしか会えない

僕らを隔てるこの空が
恨めしいときもある

でも、
どんなに離れていても
この空のもと、
僕らは
同じ景色を見て
想いを交わす

「寂しくないね」
「寂しくないよ」

いつのまに
夕焼け空は夕闇に……
寒空のもと
温かく響く

「ピコンッ!」

第三章 きみとぼくの時間

人の心は、
ときどき迷い、
すれ違い、
小さな痛みを抱える。

それでも、
誰かを想う気持ちは、
簡単には消えない。

◆たいくつ

やることが何にもない
やる気が起きやしない
あれもこれもわずらわしい
大好きなことさえも……

心に隙間ができたとき
ゾワッと首がすくむ
大きな影がやってきて
死の気配で僕を包む

消えたい
いなくなってしまいたい


魔が差して
手を伸ばそうとした
その時――

うしろの席の女の子から
不意に鳴った

ピコン!

タイクツデ タマラナイ
シニガミガ ヤッテキテ
タマシイヲ ヌスマレソウ

ふたりは見つめ合う
互いの視線が影を払う
――死神はどこかへ行った

僕らは同時にあくびした
虚ろな時間はまだ続くけど……


チャイムが鳴って
授業が終わる

ふたりは
何事もなかったように
無言で席を立つ


◆待ちぼうけ

デートの翌朝
待ちに待った着信音

君からのメッセージは
昨夜の熱を帯びていた

僕はさっそく返事する

でも、不器用な指がもどかしい

誤字を直して三分間……
ヘトヘトになる

しばし待つ
既読がつかない

君はもう
別の会話に夢中なの?


待ちぼうけ

スマホをギュッと握りしめ
何十分もじっと画面とにらめっこ

頬杖をつく

壁の時計をながめてる
なのに、時計の秒針が怠けてる


やがて、画面がナイトモードに
切り替わる

いまだ、無言のままのスマホ

いっそ……

拳を上げた
――瞬間に着信音!

既読がつく


スマホに浮かぶ文字は

「ネテマシタ」

僕は力なく拳を下ろす


◆悩み

ある日のこと
君は深刻な顔をして言う
「お話があるの」

「どうしたの?」
と訊ねると
君は秘密を打ち明けた
とても辛そうにして

僕は驚いた
でもそれ以上に悲しかった
君の秘密のことじゃない
相談してもらえなかったことが……

君はなんでも打ち明けてくれる!
そう、思っていたから……

君には君の悩みがあって
ずっとひとりで抱えていた

僕は
君が悩んでいることに
気付いてあげられなかった

心ない人の言葉に惑わされ
焦って決めたことは
君の期待とは違う結果になった

僕は言った
「ありのままの君でいいんだよ」

君の笑顔が少し曇る
前のほうが素敵だったってこと?
そんな声が聞こえる気がした

僕は考えた
ありのままって?

そして気づいた

ありのままとは
そのままの君ということ

たとえどんなふうに変わろうと
今の君こそ
ありのままだと

僕は君に謝って
その想いを君に伝えた

君は久しぶりに
小さな笑顔を見せた

僕らは抱きしめ合った
涙の雫が光っていた


◆仲直りの代償

ある日
僕たちは
どちらを選ぶかで
喧嘩した

君は言い過ぎ
僕は傷ついた
図星だったから……

君は謝った
でも僕は
意地を張って
背を向けた

すると
君は泣きだし
僕も泣いた

心が痒くて……
ふたりで泣いた

ひとしきり
頬を濡らすと
お互いに謝った
苦笑いして

それから
何も言わずに
キスをした

胸に
ぽっかり開いた
ふたつの穴が
仲良く埋まっていた

抱きしめ合って
ふと顔をあげたら
いつの間にか

アイスキャンディーは
溶けて混ざって
虹色になっていた


◆ため息

はぁ~ぁ……

何度目だろう
吐き出された
ため息とともに
捨てられる
あたしの素顔

またひとつ吐く

ため息で満たされた
部屋の空気の
そこここに
あたしの欠片が
渦巻いている

もうひとつ吐く

分厚く積もった
心の残骸は
腐敗して
新たなため息の
糧となる

こみ上げる

捨て去るより早く
生み出される
新たな頭痛が
裏切りの匂いを
撒き散らす

肺をえぐる

そんなの嫌よ!
認めない!
あんたの日記に
綴られた
秘密の記号の意味なんて……

声が漏れる

あの日の
スーツの匂い
電話での
イニシャルトーク
カレンダーの印

吐き疲れる

あんたの想いと欲望は
あたしのものとは
かけ離れ
遠ざかるだけの
引き返せぬ道

ずっと……

いつ果てるとも知れぬ
深いため息が
いつまでも
あたしの胸に
のしかかる

はぁ~ぁ……


◆チョコを半分こした夜

今日は二月十二日
バレンタインデーの二日前
 
僕と君は遠く離れている
いつでも会えるわけではない

だから、いつもイベントは
前倒しか後ろ倒し

今日も二日前倒しの
バレンタインを祝っている


ホテルのレストランで
真っ赤なハート型の
手のひらほどの
チョコレートを手渡される

胸が熱くなる

そっと君の手を握ると
鼓動と温かさが
じんわり僕の指先に広がった

食事のあと
ホテルの一室で
寄り添う

芳醇なワインの香りに
むせびながら
ふたりキスをする


やがて夜がふけ
僕たちは肌を重ね
互いのぬくもりを確かめ合う

恍惚のあと
チョコレートを
半分こする

カキンッと心地よい音

甘い香りが鼻をくすぐる
ひとかけら口に入れてみる

濃密なコクが
口いっぱいに広がって
またキスをする
 

しばらくすると
静まり返った夜の部屋に
君の寝息が聞こえだす

いま君は僕の腕の中で
静かに眠ってる


来年のふたりは
どうしているだろう?
続いているだろうか?

いずれ来るはずの
苦い明日が頭をよぎる

君の安らかな寝顔を見る

今はまだ、その時では……
一言つぶやいて
静かに目を閉じた


やがて朝の光に包まれて
そっと目を開ける


第四章 時間の向こう

日々は静かに過ぎていく。

ふと振り返ったとき、
思い出の中の風景は
少しやさしく、
少し遠くなっている。

それでも、
心に残るものは
きっと消えない。

◆風にのって

二月のとある公園で
僕はひとり君を待つ
白い息とともに

鼓動に急かされ
早く来すぎた朝を
立ったり座ったり、また立って
時計の秒針を
急かすように見つめながら……

すると、いたずらな寒風が
こんな僕を見兼ねてか?
僕の頬をそっとかすめて
微かな香りを届けてくれた

ああ、君かい?

思わず振り向く
でも、君はいない

君の香りが風にのり
君よりはやく
僕のもとにやってきた

やがて
遠くに君が見え
君は手を振りながら駆けてきた

陶酔の時間がそっと終わる

今はもう
君自身から匂い立つ
ラベンダーの香り

辺りの空気に拡がって
一瞬で、君色に染まっていく

それまでぽっかり開いていた
僕の心も
そっと埋められていく


◆古いアルバム

古いアルバムをめくる
セピアに染まったページ
かくれんぼした想い出が
あの頃を無邪気に語る

過去から現在いまに流れる
せせらぎが君に寄り添う
あの頃が鮮やかに蘇り
少女の君が目の前に立つ

きらめく想い出に
照らされた君は
眩しそうに微笑んで
見つめる僕に手を振った

あどけなかった少女は
大人になったんだね
左の薬指に輝く光は
君を遠くに感じさせる

絶え間ないせせらぎに
抗う術もなく
君を眼に焼き付けて
そっとアルバムを閉じた


◆黄色い扉

ある日のこと
僕の部屋に現れた
黄色の小さな扉が

コン! コンッコン!
ノックする音
聞き覚えのある
心地よいリズム

「君だね?」
「私だよ!」

扉が開き
君はちょっと
前かがみになって扉をくぐる

扉の向こうは花畑
黄色のコスモスが咲き誇る

「お待たせ」
そう言う君は満面の笑みだ

「笑うと目がなくなっちゃうの」

その笑顔に触れるたびに
記憶の中の君は上書きされていく
 
僕は君に手をさしのべる


でも、なぜか
その手は空を切り
君の手を取ることができない

目的を果たせぬまま
僕の手は宙を彷徨う
 
確かにそこにいるのに
君の香りが立ち込めているのに……


突然の風にあおられ
黄色い扉が音を立てて
バタンと閉まった
 
君の笑顔は
悲しげな泣き顔に変わり

その声も香りも
湿った部屋の空気に
溶けて消えた

黄色いコスモスの
花びらだけが
寂しげに床に舞う


こめかみが痛む
僕は我に帰った
 
君はもう……

空をつかんだ手を
じっと見つめる


僕は今日も
暗がりの部屋に
独りこもっている

開くはずのない
黄色い扉が
もう一度開くのを
今日も待っている

コン! コンッコン!
コン! コンッコン!
コン! コンッ……

黄色のつぼみが
胸で静かに花開く


終章 遠い空

人はそれぞれの道を歩き、
それぞれの時間を生きていく。

喜びも、悲しみも、
すべてを抱えながら、
また新しい一歩を踏み出す。

その先に、
まだ見ぬ空が広がっている。

◆ラピュタ(上)

あと一歩、
あと一歩だった
でも、その一歩が
果てしなく……遠かった

ひび割れた砂上の幸福
忍び寄る影が囁くと
愛は錆色に覆われ
永遠は手から零れ落ちた

僕らはやみくもに
埃まみれの手で扉をこじ開けた
でも、そこには何もなく
君も僕も穢れだけを知った

灰色の空だけが残る
幸せの浮遊島ラピュタ
粉々になって地上に落ちて
土くれに帰った

あと一歩、
あと一歩だったのに……
でも、その一歩は
果てしなく遠かった


◆ラピュタ(下)

たどり着くのか?
あと一歩を乗り越えて……
独りの一歩は儚いけれど
ふたりならできると信じて

砂上の幸福に
君も僕も疲れていた
お互いを阻む「あと一歩」は
永遠に渡れぬ遠い橋

幸せに至る門は錆び、
眼の前の壁は
不安と疑念に塗り固められ
僕らを拒んだ

僕たちは見た
血まみれに奪おうとした結果を……
僕たちは見た
癒えない深い傷を……

だから、僕たちは
静かな知恵と恐れぬ勇気で
力を合わせ壁に挑んだ
すると不安の影はすべて消えた

僕たちはたどり着いた
あと一歩を乗り越えた
独りの一歩は儚いけれど
ふたりだからこそ


◆最期の呼吸

「逝かないで!」
「まだお別れしたくない」

掠れた君の声が
疲れ切った
僕の心臓に響く

高鳴る鼓動が
君の指を通して
伝わってくる

今はもう
君のペースに
ついていけない

あの日の公園で
君にときめいていた
僕の心臓が、今は
途切れがちに鳴っている

ゆっくりと
薄れゆく意識の中で
病室の天井だけを
ただ眺めている

「まだだ」
「もう少しだけ……」

叶わぬ願いが
無機質なシミに変わる
この世で見る
最後の空のように

濁った瞳は
力の限り
君を探して彷徨う

ぼんやり映る君の顔に
一筋の涙が伝う

輪郭が滲む

これから
ずっと見るはずだった顔

一生分を一瞬で見ようと
僕の眼だけが焦っている

でも、自分で涙を
拭うことすらできない

今はもう
視界は闇に覆われて
光のない世界に漂う

この耳も
すでに音を失った

僕は消えゆき
君の時間は続く

君も連れて行きたい……

僕は
最期の呼吸を
静かに数える


あとがき

 最後までお読みいただきありがとうございます。
 この詩集は、特別な事件ではなく、日常のふとした小さな想いから生まれました。
 誰かを想う気持ち、何気ない時間の温かさ、そして時には胸に残る切なさ。それらはきっと、誰の心の中にもあるものだと思います。
 もしこの詩集の中のどこかに、あなた自身の記憶や感情と重なる言葉があったなら、これほど嬉しいことはありません。
 この小さな詩集が、あなたの心にそっと残るものになれば幸いです。

小森 信(こもりしん)



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