10年後の自分と家族は、どうなっているのだろう
ふと、10年後のことを考えました。
10年後、自分はどうなっているのだろう。
家族はどうなっているのだろう。
普段は、今日のことで精一杯です。
朝の準備。
仕事。
家事。
保育園の送り迎え。
ごはん。
お風呂。
寝かしつけ。
明日の予定。
目の前のことをこなしているうちに、一日が終わっていきます。
でも、ふと立ち止まって考えてみると、10年という時間は思っているより大きいです。
今、保育園に通っている娘は、10年後にはもう15歳になっています。
15歳。
そう思っただけで、胸がざわつきました。
今はまだ、「パパ見て」と何度も呼んできます。
保育園であったことを、順番も関係なく話してくれます。
寝る前に甘えてきたり、急に怒ったり、急に笑ったりします。
手をつないで歩くことも、まだあります。
でも10年後、その時間はきっと今とはまったく違っているはずです。
娘はもう15歳
10年後の娘は、どんなふうになっているのでしょうか。
友だちとの時間が増えているのか。
部活や趣味に夢中になっているのか。
好きな人がいるのか。
親には言わない悩みを抱えているのかもしれません。
今は、親の前で泣いたり怒ったり甘えたりします。
でも10年後は、部屋のドアを閉める時間の方が長くなっているかもしれません。
「大丈夫?」と聞いても、
「別に」
と返される日が来るかもしれません。
それは寂しいことのようで、でもきっと自然な成長です。
子どもは、いつまでも親の見える場所だけで生きているわけではありません。
親の知らない世界が増えていく。
親に話さないことが増えていく。
親より友だちの言葉が大きくなる。
分かっていても、きっと寂しい。
親はたぶん、その寂しさも含めて、子どもの成長を見ていくのだと思います。
今の悩みは、懐かしくなるのかもしれない
今は今で、毎日いろいろあります。
朝の準備が進まない。
ごはんをなかなか食べない。
何度言っても片づけない。
寝る時間になってから元気になる。
こちらが疲れている日に限って、「遊ぼう」と言われる。
その瞬間は、正直しんどいです。
でも10年後、この悩みは少し懐かしくなっているのかもしれません。
「パパ見て」と呼ばれたこと。
小さな手をつないで歩いたこと。
保育園の帰り道で、どうでもいい話をずっと聞いたこと。
寝る前に隣に来たこと。
同じ絵本を何度も読んだこと。
今は当たり前すぎて、流してしまいそうになる時間。
でもあとから思い出すのは、そういう何でもない場面なのかもしれません。
10年後の自分は、今の自分に何と言うでしょうか。
もっと話を聞いておけばよかった。
もっと一緒に笑っておけばよかった。
もっと写真を撮っておけばよかった。
そんなことを、思う気がします。
10年後の家族は、今日の積み重ねでできている
10年後を考えると、不安なこともたくさんあります。
家族は元気でいるのか。
仕事はどうなっているのか。
お金は大丈夫なのか。
娘はどんな道を選んでいるのか。
夫婦の関係はどうなっているのか。
考え始めると、きりがありません。
でも、10年後の家族は、急にできるわけではありません。
今日の積み重ねでできていくのだと思います。
今日、話を聞くこと。
今日、目を見て返事をすること。
今日、言いすぎたら謝ること。
今日、一緒に笑うこと。
今日、「おかえり」と言うこと。
今日、「おやすみ」と言うこと。
そういう小さなことが、10年後の家族の空気を作っていくのかもしれません。
完璧な親になることはできません。
理想の家族を毎日つくることもできません。
でも、今日の関わり方を少しだけ選ぶことはできます。
あなたの10年後は、どうなっているだろう
10年後。
子どもは何歳になっているでしょうか。
今、抱っこしている子は、もう抱っこできない大きさになっているかもしれません。
今、「ママ」「パパ」と何度も呼んでくる子は、あまり呼ばなくなっているかもしれません。
今、一緒に寝ている子は、自分の部屋で寝ているかもしれません。
今、保育園や小学校に通っている子は、進路や友だちのことで悩んでいるかもしれません。
そして、自分はどうなっているでしょうか。
今より年を重ねています。
体力も、考え方も、家族との距離も、きっと変わっています。
10年前の自分が、今の自分を想像できなかったように、今の自分も、10年後の自分を正確には想像できません。
でも、だからこそ一度考えてみたくなります。
10年後、どんな家族でいたいのか。
どんな親でいたいのか。
どんな言葉を、子どもの中に残していたいのか。
未来を考えると、今が少し変わる
10年後を考えたからといって、急に毎日を完璧に過ごせるわけではありません。
明日もきっと、朝はバタバタします。
疲れて、ちゃんと話を聞けない日もあります。
でも、10年後のことを少し想像すると、今の何でもない時間が少し違って見えます。
何度も呼ばれること。
同じ話を繰り返されること。
手をつないで歩くこと。
寝る前に甘えてくること。
それは、ずっと続くものではありません。
いつか終わる時間です。
だからこそ、今日を完璧にするのではなく、雑に扱わないようにしたい。
10年後に思い出したくなるような今日を、少しずつ増やしていけたらいい。
10年後の自分と家族は、どうなっているのだろう。
正直、分かりません。
でも、娘が15歳になったそのときに、
「いろいろあったけど、ちゃんと家族でいられたな」
と思えたら嬉しい。
そして娘にも、どこかで、
「何かあったら帰れる場所がある」
と思ってもらえていたら、それだけで、十分幸せなのかもしれません。
あなたは、10年後の自分と家族を想像したことがありますか。
そのとき、今そばにいる人は、どんな顔をしているでしょうか。
