子育ての成功とは、失敗とは、なんだろう
子育ての成功とは、なんでしょうか。
偏差値の高い学校に入ること。
勉強ができること。
友だちが多いこと。
習い事で結果を出すこと。
大企業に就職すること。
自立して、ちゃんと生活できるようになること。
そういうものが浮かびます。
どれも間違いではないと思います。
子どもが将来困らないように。
できるだけ選択肢を持てるように。
親として願うのは、自然なことです。
でも、それだけで子育ての成功を決めてしまうのは、怖い気もします。
では、子育ての失敗とはなんでしょうか。
勉強が苦手なこと。
不登校になってしまうこと。
友だち関係でつまずくこと。
親に反抗すること。
思った通りの道に進まないこと。
これも、すぐに失敗とは言えない気がします。
むしろ、子どもが育っていく途中には、そういうことがいくらでもある。
親の思い通りに育たないことを、失敗と呼んでいいのだろうか。
最近、そんなことを考えます。
親は、つい結果で見てしまう
子どもを見ていると、どうしても結果が気になります。
できた。
できなかった。
選ばれた。
選ばれなかった。
褒められた。
怒られた。
続いた。
やめた。
数字や結果は、分かりやすいです。
親としても安心しやすい。
テストで点が取れた。
習い事を続けられた。
発表会で上手にできた。
友だちとうまく遊べた。
そういう姿を見ると、ほっとします。
逆に、うまくいかないと不安になります。
このままで大丈夫だろうか。
自分の関わり方が悪かったのだろうか。
もっと早く何かしておけばよかったのだろうか。
子どもの結果を、いつの間にか親自身の成績のように感じてしまうことがあります。
でも、子どもは親の作品ではありません。
親の評価表でもありません。
分かっているつもりでも、気づけば子どもの姿を通して、自分の子育てが正しかったかどうかを見ようとしてしまう。
そこが、親の難しさだと思います。
成功か失敗かは、すぐには分からない
子育ての怖いところは、結果がすぐに分からないことです。
今日言った言葉が、子どもにどう残るのか。
今の関わり方が、将来どう影響するのか。
この選択がよかったのか、悪かったのか。
すぐには分かりません。
厳しくしたことが、後から子どもの力になることもあるかもしれない。
逆に、よかれと思った言葉が、子どもを傷つけることもあるかもしれない。
甘やかしたと思っていたことが、安心につながることもある。
背中を押したつもりが、追い詰めてしまうこともある。
親はいつも、答え合わせができないまま進んでいます。
だから不安になります。
これでいいのか。
間違っていないのか。
子どもにとって何が正解なのか。
でも、子育てにはその場で丸がつく答案用紙がありません。
何年も経ってから、ようやく少し見えてくることがある。
もしかすると、最後まで分からないこともある。
だから、簡単に成功や失敗と言えないのだと思います。
親の思い通りにならないことは、失敗ではない
子どもは、親の思い通りには育ちません。
好きになってほしいものを好きになるとは限らない。
得意になってほしいことが得意になるとも限らない。
親が安心する道を選ぶとも限らない。
逆に、親が想像していなかったものに夢中になることもある。
親から見ると遠回りに見える道を選ぶこともある。
それは不安です。
でも、それを失敗と呼んでしまうと、子ども自身の人生を否定してしまうことになる気がします。
親の理想から外れたから失敗。
周りと違うから失敗。
期待した結果が出なかったから失敗。
そう決めてしまうのは、少し乱暴です。
子どもには、子どもの人生があります。
親の想定外に進んでいくことも、成長の一部なのだと思います。
もちろん、親として心配はします。
できれば傷ついてほしくない。
苦労してほしくない。
でも、親が先回りしてすべての失敗を消すことはできません。
むしろ、親の思い通りにならないところに、その子らしさが出てくるのかもしれません。
失敗するとしたら、子どもを見失うことかもしれない
では、子育てに失敗があるとしたら、何なのでしょうか。
はっきりとは分かりません。
でも、ひとつ思うのは、子どもそのものを見失ってしまうことかもしれません。
結果ばかりを見る。
周りと比べる。
親の理想を押しつける。
子どもの声を聞かない。
子どものつらさより、世間体を優先する。
子どものためと言いながら、本当は親の安心のために動いている。
そういうことが続くと、目の前の子どもが見えなくなる気がします。
子どもが何を感じているのか。
何を怖がっているのか。
何に困っているのか。
何を大切にしているのか。
そこを見ないまま、正しそうな道に乗せようとしてしまう。
それは、もしかすると失敗に近いのかもしれません。
でもこれも、偉そうには言えません。
私もきっと、何度も見失います。
忙しい日。
余裕がない日。
周りと比べて焦る日。
子どもの気持ちより、予定を優先してしまう日。
そういう日はあります。
だから大事なのは、見失わないことではなく、見失ったときに戻ろうとすることなのかもしれません。
子どもが戻ってこられる場所でいられるか
子育ての成功を、ひとつだけ考えるなら。
子どもが困ったときに、戻ってこられる場所でいられること。
私は今のところ、そこに近い気がしています。
何かに失敗したとき。
傷ついたとき。
思った道に進めなかったとき。
誰にも言えないことができたとき。
親の顔が浮かぶ。
怒られるかもしれない。
でも、最後には話を聞いてくれる。
そう思える場所でありたい。
子どもがずっと親のそばにいる必要はありません。
むしろ、いつかは離れていきます。
自分の世界を持って、自分の人間関係を作って、自分の生活を生きていく。
それでいい。
でも、どうしようもなくなったときに、
「帰ってもいい」
「話してもいい」
と思える場所でいられたら。
それは、ひとつの子育ての成功なのかもしれません。
完璧な親ではなく、戻ってこられる親に
親として、失敗したくないと思います。
子どもを傷つけたくない。
後悔したくない。
ちゃんと育てたい。
でも、完璧な親になることはたぶん無理です。
言いすぎる日もある。
待てない日もある。
疲れて雑になる日もある。
子どもの話をちゃんと聞けない日もある。
あとから反省することも、きっと何度もあります。
それでも、間違えたときに謝れる親でいたい。
「さっきは言いすぎたね」と言える親でいたい。
子どもの話を聞き直せる親でいたい。
一度こじれても、またつながり直そうとできる親でいたい。
子育ての成功は、失敗しないことではないのだと思います。
親も子どもも、何度も間違える。
うまくいかない日もある。
でも、そのたびに少しずつ軌道修正する。
関係を直していく。
そういう積み重ねの中に、子育ての大事なものがあるのかもしれません。
成功か失敗かではなく
子育てをしていると、どうしても不安になります。
これでいいのか。
間違っていないのか。
将来、この子は大丈夫なのか。
親としてちゃんとできているのか。
でも、子育ては成功か失敗かで簡単に分けられるものではないのだと思います。
子どもがいい学校に行ったから成功。
言うことを聞く子に育ったから成功。
親の思った道に進んだから成功。
そういう単純な話ではない。
反対に、つまずいたから失敗。
反抗したから失敗。
遠回りしたから失敗。
それも違う。
子どもがその子の人生を生きていくこと。
困ったときに助けを求められること。
自分の気持ちを少しずつ言葉にできること。
親が間違えたときに、また向き合い直せること。
そういう小さな積み重ねの方が、きっと大切なのだと思います。
子育ての成功とは何か。
まだ分かりません。
きっと、これからも分からないまま悩み続けるのだと思います。
でも少なくとも、子どもを親の正解に当てはめることではない。
子どもを通して、親自身の評価を得ることでもない。
目の前の子どもを見失わず、見失ったらまた戻ること。
そして、子どもがいつか自分の人生を歩いていくときに、
「何かあったら帰れる場所がある」
と思えること。
今の私には、それが子育ての成功に近い気がしています。
