従妹のお姉ちゃんからもらった700円のおままごとセットを、娘は宝物みたいに大事にしている
少しだけ、娘を連れて実家に帰省していました。
娘の従妹のお姉ちゃんも来ていました。
娘より5つ上の、10歳の女の子です。
小学校4年生。
娘は5歳なので、ちょうど5つ上です。
5歳と10歳。
数字だけで見ると、たった5年の差です。
でも、実際に並んでいる姿を見ると、やっぱり全然違います。
話し方も違う。
周りの見え方も違う。
できることも違う。
娘から見ると、従妹のお姉ちゃんは、かなり大きな存在なのだと思います。
少し憧れもある。
少し緊張もある。
でも、会いたい。
一緒に遊びたい。
そんな感じでした。
5つ上のお姉ちゃん
10歳の女の子は、もうかなりしっかりしています。
小さい子に合わせてくれます。
娘の話を聞いてくれます。
娘が分からないことを、ちゃんと待ってくれます。
自分が遊びたいことだけを押し通すのではなく、娘のペースも見てくれます。
5歳の娘からしたら、同じ子どもだけど、少し大人。
親ではない。
先生でもない。
でも、自分よりずっと先を歩いている子。
その距離感が、娘には特別なのだと思います。
親が言っても聞かないことを、お姉ちゃんが言うと素直に聞くことがあります。
親が見せてもそこまで喜ばないものを、お姉ちゃんが見せると目を輝かせることがあります。
子ども同士にしかない関係って、やっぱりあるのだと思います。
お小遣いで選んでくれたもの
そのお姉ちゃんが、自分のお小遣いで娘におもちゃを買ってくれました。
700円のおままごとセットでした。
値段だけ見れば、高価なものではありません。
親が買おうと思えば、買えるものです。
でも、その700円には、値段以上のものが入っていました。
お姉ちゃんは、めちゃくちゃ吟味していました。
これがいいかな。
こっちの方が喜ぶかな。
娘は何が好きかな。
小さな手に持ったお小遣いで、5歳の娘のことを考えながら選んでくれた。
その時間が、もうプレゼントだったのだと思います。
大人が買うプレゼントとは、少し違います。
親は、どうしても実用性を考えます。
長く遊べるかな。
すぐ飽きないかな。
家に似たようなものがないかな。
値段はどうかな。
そんなことを考えます。
でも、10歳のお姉ちゃんが選んでくれたプレゼントには、もっとまっすぐな気持ちがありました。
喜んでほしい。
一緒に遊びたい。
これを渡したら、どんな顔をするかな。
たぶん、そういう気持ちで選んでくれたのだと思います。
親からのプレゼントより嬉しそうだった
娘は、そのおままごとセットをめちゃくちゃ大事にしています。
正直、親からのプレゼントより嬉しそうでした。
それを見て、少し笑ってしまいました。
親としては、いろいろ考えて買っています。
誕生日も、クリスマスも、普段のちょっとしたものも。
何が好きかな。
何なら長く使うかな。
どれなら喜ぶかな。
そうやって考えて渡しています。
でも、子どもにとって大事なのは、値段や機能だけではないんですよね。
誰がくれたのか。
どんなふうに選んでくれたのか。
自分のために選んでくれたと感じられるか。
そこが、ものすごく大きいのだと思います。
娘にとって、そのおままごとセットは、ただのおもちゃではありません。
大好きなお姉ちゃんが、自分のために選んでくれたもの。
自分のお小遣いで買ってくれたもの。
一緒に過ごした帰省の思い出がくっついているもの。
だから、特別なのだと思います。
子どもにとっての「大事」は、大人とは違う
大人は、つい値段で考えてしまいます。
高かったから大事。
ちゃんとしたものだから大事。
長く使えるから大事。
でも、子どもにとっての「大事」は、もう少し違う場所にあるのかもしれません。
小さなシール。
拾った石。
折り紙で作った何か。
お祭りでもらった景品。
誰かにもらった小さなおもちゃ。
大人から見ると、そこまで特別には見えないものでも、子どもは宝物みたいに持っていることがあります。
それは、ものそのものではなく、その時の気持ちを持っているからなのだと思います。
誰といたか。
誰がくれたか。
どんな顔で渡してくれたか。
その時、自分がどれだけ嬉しかったか。
子どもは、そういうものを丸ごと大事にしているのかもしれません。
10歳の子がくれた優しさ
今回、私が一番心に残ったのは、娘が喜んでいたことだけではありません。
10歳のお姉ちゃんが、自分のお小遣いを使って、5歳の娘のために一生懸命選んでくれたことです。
10歳にとっての700円は、大人の700円とは違います。
自分の好きなものも買えたはずです。
お菓子も買えたかもしれません。
欲しいものもあったかもしれません。
それでも、娘のために使ってくれた。
それがすごく嬉しかったです。
優しさって、大人が思うよりずっと早い段階で育っているのかもしれません。
誰かの喜ぶ顔を想像すること。
自分の持っているものを、誰かのために使うこと。
小さい子のために、少しお姉ちゃんになること。
そういう姿を見ていると、10歳ってすごいなと思いました。
そして、5歳の娘も、その優しさをちゃんと受け取っているように見えました。
娘も、いつか誰かのお姉ちゃんになる
娘はまだ5歳です。
今は、お姉ちゃんに憧れて、ついていく側です。
遊んでもらう側。
教えてもらう側。
買ってもらったおもちゃを大事にする側。
でも、娘もいつか大きくなります。
今の従妹のお姉ちゃんのように、自分より小さい子に合わせてあげる日が来るかもしれません。
「これ好きかな」と考えながら、何かを選んであげる日が来るかもしれません。
自分のお小遣いで、誰かを喜ばせたいと思う日が来るかもしれません。
そう思うと、子どもはこうやって育っていくのだなと思いました。
親が教えることもあります。
でも、子ども同士の中で受け取るものもたくさんあります。
憧れたり、真似したり、優しくされたり、自分も優しくしたくなったり。
そういう積み重ねの中で、少しずつ大きくなっていくのだと思います。
700円以上のもの
帰ってきてからも、娘はそのおままごとセットを大事にしています。
おもちゃそのものは、700円です。
でも、娘にとっては700円ではありません。
お姉ちゃんが選んでくれた時間。
自分のために使ってくれたお小遣い。
一緒に過ごした帰省の記憶。
嬉しかった気持ち。
それが全部くっついています。
だから、親から見ても、そのおもちゃが少し特別に見えます。
高価なものではないのに、立派なものでもないのに、娘が大事にしている姿を見ると、こちらまで嬉しくなります。
プレゼントって、値段ではない。
よく聞く言葉です。
でも今回、その意味を娘に教えてもらった気がしました。
誰かが自分のことを思って選んでくれたものは、それだけで特別になる。
700円のおままごとセットが、娘にとって宝物になったのは、きっとそういうことなのだと思います。
そして私は、そのおもちゃを見るたびに思い出すのだと思います。
5つ上のお姉ちゃんが、娘のために一生懸命選んでくれたこと。
娘がそれを、親からのプレゼントより嬉しそうに受け取ったこと。
子ども同士の間に、親には作れない特別な時間があること。
実家への少しの帰省で、そんなことを感じました。
