同じ1年を、40倍の速さで生きている人と暮らしている
ふと、こんなことを考えました。
3歳の子どもにとっての1年は、人生の3分の1です。
40歳の大人にとっての1年は、人生の40分の1です。
同じ1年なのに、重みがまったく違います。
大人にとっては、あっという間の1年。
でも子どもにとっては、人生のかなり大きな部分を占める1年です。
そう考えると、同じ家で暮らしていても、同じ食卓に座っていても、私たちはまったく違う密度の時間を生きているのかもしれません。
子どもは、大人よりずっと濃い時間の中を生きている。
そう思うと、子どもの何気ない一日が、少し違って見えてきました。
大人の1年と、子どもの1年は違う
大人になると、1年は本当に早く過ぎていきます。
「もう8月か」
「もう年末か」
「今年も早かったな」
毎年、同じようなことを言っている気がします。
仕事をして、家事をして、子どもの予定を見て、日々の用事をこなしているうちに、あっという間に季節が変わっています。
でも子どもにとっての1年は、きっとまったく違います。
初めてできたこと。
初めて行った場所。
初めて食べたもの。
初めて怖かったこと。
初めて嬉しかったこと。
その全部が、その子の人生の大きな部分を作っていく。
3歳の1年は、人生の3分の1。
5歳の1年でも、人生の5分の1。
大人から見ると一瞬でも、子どもにとってはとても大きな時間なのだと思います。
子どもの毎日は、初めてでできている
子どもと過ごしていると、大人なら通り過ぎるようなものに、何度も立ち止まります。
道端の石。
排水溝の穴。
雲の形。
虫の動き。
お店の看板。
同じ道を歩いているのに、子どもは毎回何かを見つけます。
大人にとっては、ただの帰り道。
でも子どもにとっては、毎日少し違う冒険なのかもしれません。
大人は見慣れたものとして流してしまう。
でも子どもは、まだ世界に慣れていません。
見るもの、触るもの、聞こえるもの、その一つひとつが新しくて、気になる。
だから、立ち止まる。
しゃがみ込む。
何度も同じことを聞く。
同じものを見て、何度も驚く。
それは、大人より時間の流れが遅いというより、ひとつひとつを濃く受け取っているということなのかもしれません。
同じ食卓にいても、見えている時間が違う
同じ朝ごはんを食べている。
同じリビングにいる。
同じ道を歩いている。
でも、親と子どもでは、感じている時間が違うのだと思います。
大人は次の予定を考えています。
今日の仕事。
買い物。
洗濯。
明日の準備。
週末の予定。
頭の中では、いつも少し先のことを考えています。
でも子どもは、今目の前にあるものを見ています。
パンの形。
牛乳の泡。
お気に入りの服。
窓の外の空。
昨日の遊びの続き。
大人は未来に引っ張られながら暮らしている。
子どもは今に深く入り込んで暮らしている。
同じ場所にいても、時間の使い方が違う。
そう考えると、親子のすれ違いも少し分かる気がします。
1年の重みを忘れてしまう
大人にとっての1年は、だんだん軽くなっていくのかもしれません。
もちろん、大切な1年です。
でも、経験した年数が増えるほど、1年が人生の中で占める割合は小さくなります。
だから、つい流してしまう。
また春が来た。
また夏が来た。
また誕生日が来た。
また一年大きくなった。
でも子どもにとっては、その一回一回がとても大きい。
今年の夏。
今年の誕生日。
今年の運動会。
今年のクリスマス。
その一つひとつが、その子の記憶の土台になっていくのかもしれません。
大人が「いつものこと」と思っている時間も、子どもにとっては人生の大きな出来事になっていることがあります。
そう思うと、何気ない一日を少し雑に扱いすぎていたかもしれないと思いました。
子どもの時間は、いつか大人に近づいていく
きっと子どもも、少しずつ大人の時間に近づいていきます。
時計を見て動くようになる。
予定を気にするようになる。
友だちとの約束を優先するようになる。
親に聞かなくても、自分で決めることが増えていく。
それは成長です。
でも、その一方で、今のように道端の石に立ち止まる時間は減っていくのかもしれません。
雲を見て驚くことも、虫を見つけてしゃがみ込むことも、同じ話を何度も嬉しそうにすることも、そのうち少しずつ減っていく。
大人の時間に近づくということは、効率よく動けるようになることでもあります。
でも同時に、今この瞬間だけをじっくり味わう時間が減っていくことでもあるのかもしれません。
そう考えると、子どもの今の時間は、やっぱり特別です。
同じ家で、違う時間を生きている
同じ家で暮らしているのに、親と子どもは違う時間を生きています。
大人は、これまでの経験の上に今日を見ています。
子どもは、初めての連続として今日を見ています。
大人にとっての1年は、人生の中の40分の1。
子どもにとっての1年は、人生の3分の1や5分の1。
そう思うと、子どもの一日は思っている以上に大きい。
今日見たもの。
今日言われたこと。
今日笑ったこと。
今日泣いたこと。
今日一緒に食べたもの。
その一つひとつが、子どもの中に積み重なっていくのだと思います。
子育てをしていると、毎日は慌ただしく過ぎていきます。
子どもの見ている世界に、いつも付き合えるわけではありません。
それでも、たまに思い出したいです。
この子は、私よりずっと濃い時間を生きている。
同じ1年を、まるで40倍の速さで吸収するように生きている。
そう考えると、子どもとの日々はただの繰り返しではなくなります。
今日という一日が、この子にとっては人生の大きな一部なのかもしれない。
そう思えるだけで、目の前の時間を大切にしたくなります。
