みんなにできることが、自分にはできないこともある
「なんで、みんな普通にできるんやろう」
そう思う日があります。
仕事なら、さっと決めて進められる人がいる。
人前で迷わず話せる人がいる。
毎日きちんと家のことを回して、子どもの話を聞いて、余裕をなくさない人がいる。
SNSなどを見ていると、なおさらです。
朝からお弁当をつくっている人。
子どもと丁寧に遊んでいる人。
仕事も、自分の時間も、大切にしている人。
見えているのは、その人ができているところだけだと分かっていても、自分ができていないことばかり、やけに目につきます。
できないことは、すぐに自分の欠点になる
娘に「見て」と呼ばれても、手を止められない日があります。
「ちょっと待って」と言ったまま、そのちょっとが長くなる。
寝かしつけの前に遊ぼうと思っていたのに、気づけば時計ばかり見ている。
もっと笑って話を聞けたはず。
もっと優しく返せたはず。
もっとちゃんとできたはず。
そんな反省は、毎日どこかに転がっています。
誰かには当たり前にできていることが、自分にはできない。
そのたびに、自分だけが足りないような気がしてしまう。
でも、できないことを数え始めると、終わりがありません。
人にはそれぞれ、苦手なことがあるからです。
というより、同じことをしていても、使っている力が違うのだと思います。
誰かにとっては何でもないことが、自分にはかなりの労力を使うこともある。
逆に、自分が何気なくやっていることが、誰かにとっては難しいこともある。
自分には普通すぎて、見えていないこと
昔、誰かに言われたことがあります。
「そこまで気づけるの、すごいですね」
私は少し驚きました。
自分では、ただ気になっただけだったからです。
誰かの表情が少し曇ったこと。
言葉にされなかった困りごと。
気づいても、役に立てている実感はあまりありません。
むしろ気にしすぎて、疲れることもあります。
でも、その人には見えていなかった。
そしてたぶん私が羨ましく思っている誰かの「迷わず進める力」も、その人にとっては特別なものではないのかもしれません。
自分にできることは、自分にとって普通すぎる。
だから、才能とも、強みとも思えない。
でも人から見れば、それが「すごい」になることもある。
比べるとき、私たちは違う部分だけを見ている
「あの人みたいにできたらいいのに」
そう思うこと自体は、悪いことではないと思います。
憧れは、前に進むきっかけになることもあるからです。
ただ、その人になろうとすると、しんどくなります。
その人にはできても、自分には難しいことがある。
逆に自分にはできても、その人には難しいこともある。
それなのに私たちは、相手のできることと、自分のできないことだけを並べてしまう。
それでは、いつも自分が負けているように見えてしまいます。
本当は勝ち負けではないのに。
得意なことが違うだけ。
大切にしているものが違うだけかもしれません。
自分にしかできないことは、立派なことでなくていい
「自分にしかできないこと」と聞くと、特別な才能を思い浮かべてしまいます。
誰にも真似できない仕事。
大きな成果。
人を驚かせるような力。
でも、もっと小さなことでいいのだと思います。
娘の話を、途中で遮らずに聞けた。
奥さんが言いにくそうにしていることに、先に気づけた。
誰かが忘れていたことを、そっと拾えた。
うまく言葉にできない気持ちを、代わりに言葉にできた。
それは目立たないかもしれません。
誰にも褒められないかもしれません。
でも、その人がそこにいたから少し助かった、少し安心した、少し救われた。
そんなことは、きっとあります。
自分にしかできないことは、劇的な何かではなくていい。
その人の見方、その人の声、その人がそこにいることでしか生まれないもの。
それだけで、十分に意味があるのだと思います。
できない自分を、すぐに置いていかない
みんなにできることが、自分にはできないことがあります。
その事実は、たぶんこれからも変わりません。
私も、余裕がなくなる日があります。
「なんで自分は」と思う日もあります。
でもそんなとき、できない自分をすぐに置いていかないでいたいです。
できないことがあるから、誰かに頼れる。
できないことがあるから、できない人の気持ちが分かる。
できないことがあるからこそ、自分にできることを探せる。
みんなと同じようにできなくてもいい。
誰かの真似をしていなくてもいい。
今の自分にできることをひとつ見つけられたら。
できないことばかりを見ていた目で、たまには、自分にしかできなかったことも探してみたいと思います。
