自分の子どもを、特別だと思いすぎないこと
子どもは、もちろん特別です。
私にとって娘は、ほかの誰とも比べられない存在です。
笑った顔も、怒った顔も、寝ている顔も、ふとした言い間違いも、全部かわいい。
親にとって、自分の子どもが特別であることは、自然なことだと思います。
でも最近、その「特別」という言葉の扱いは、少し気をつけないといけないのかもしれないと思うようになりました。
自分の子どもを大切に思うことと、
自分の子どもだけが特別だと思うことは、違う。
この線を間違えると、親も子どもも、苦しくなる気がするのです。
親にとっては特別。でも、社会の中では一人の子ども
親から見れば、わが子は特別です。
それは間違いありません。
でも、保育園に行けば、そこにはたくさんの子どもがいます。
先生から見れば、その一人ひとりが大切な子どもです。
公園に行けば、そこにもたくさんの親子がいます。
電車に乗れば、子ども連れではない人もいます。
その中で、うちの子だけが特別扱いされるわけではありません。
当たり前のことです。
でも親になると、この当たり前を忘れそうになる瞬間があります。
うちの子が泣いている。
うちの子が疲れている。
うちの子が嫌がっている。
うちの子が傷ついている。
その瞬間、親の世界は一気にわが子中心になります。
もちろん、それは悪いことではありません。
子どもを守ろうとする気持ちは大事です。
けれど同時に、周りにも、それぞれの事情がある。
周りの人にも、守りたい生活がある。
ほかの子どもにも、同じように親がいて、その親にとっては特別な存在である。
そこを忘れたくないと思います。
「うちの子は特別だから」が、子どもを苦しめることもある
子どもの個性を大事にしたい。
その子らしさを伸ばしたい。
そう思うことは、とても大切です。
でも、それがいつの間にか、
「うちの子はほかの子とは違う」
「この子には特別な才能があるはず」
「普通で終わってほしくない」
という願いに変わってしまうことがあります。親として、少し分かります。
自分の子どもには、何か光るものがあってほしい。
誰かに認められてほしい。
ただの一人ではなく、何者かになってほしい。
でも、その願いが強くなりすぎると、子どもは「特別でいなければいけない」ことになります。
いつも何かができなければいけない。
人より優れていなければいけない。
親の期待に応えなければいけない。
それは、かなり重い。
子どもは、特別な何者かになる前に、ただ安心して子どもでいていいはずです。
すごくなくてもいい。
目立たなくてもいい。
人よりできなくてもいい。
その子がその子として、ちゃんとそこにいられること。
本当は、それだけで十分大事なことなのだと思います。
自分自身にも、同じことが言える
そしてこれは、子どもだけの話ではありません。
自分にも当てはまることだと思います。
小さいころはどこかで、自分のことも少し特別だと思っていたのかもしれません。
ほかの人とは違う。
自分には何かある。
いつか何者かになれる。
誰かに見つけてもらえる。
そんな感覚が、まったくなかったとは言えません。
もちろん、自分を信じることは悪いことではありません。
自分には価値があると思うことも大切です。
でも、「自分はほかの人とは違うすごいやつだ」と思いすぎると、現実との間にズレが生まれます。
思ったほど評価されない。
思ったほど結果が出ない。
誰かの方がうまくやっている。
自分がいなくても、世界は回る。
そのたびに、勝手に傷ついてしまう。
本当は、誰かに特別扱いされる前提で生きていたのかもしれません。
特別でなくても、価値がないわけではない
自分を特別だと思わないことは、自分を低く見ることではありません。
どうせ自分なんて、と思うことでもありません。
ただ、世の中にはたくさんの人がいて、それぞれが自分の人生を必死に生きています。
その中の一人として、自分もいる。
それを受け入れることなのだと思います。
特別ではない。
でも、どうでもいい存在ではない。
すごいやつではない。
でも、価値がないわけではない。
誰かより上でなくてもいい。
誰かに選ばれ続けなくてもいい。
ただ、自分の生活をちゃんと引き受けて、目の前の人を大切にして、できることを少しずつ積み重ねていく。
それでいいのかもしれません。
子どもにも、同じことを伝えたいです。
あなたは、世界で一番すごい子でなくてもいい。
誰よりも特別でなくてもいい。
でも、あなたは大切な人だよ。
そう言える親でいたい。
「特別」を手放すと、少し楽になる
特別でなければいけないと思うと、苦しくなります。
子どもにも期待しすぎる。
自分にも期待しすぎる。
周りにも、分かってもらうことを求めすぎる。
でも、特別でなくてもいいと思えると、少し楽になります。
子どもが何かをうまくできなくても、
「まあ、そういう日もあるよね」と思える。
自分が思うように評価されなくても、
「今できることをやろう」と思える。
誰かの子どもがすごく見えても、
「その子にはその子の良さがある」と思える。
誰かが成功していても、
「自分は自分の場所でやっていこう」と思える。
特別であることにしがみつかなくなると、比べることが少し減る。
比べることが減ると、目の前の子どもが見えやすくなる。
目の前の自分も、少し受け入れやすくなる。
大切に思うことと、特別扱いすることは違う
娘は、私にとって特別です。
それはこれからも変わりません。
でも、娘だけが世界から特別に扱われるべきだとは思わないようにしたい。
娘にも、うまくいかないことがある。
思い通りにならないことがある。
誰かに負けることもある。
選ばれないこともある。
そのときに、
「あなたは特別なのに、なぜ分かってもらえないんだろう」ではなく、「悔しかったね。でも、また考えよう」と言える親でいたいです。
自分に対しても同じです。
私は、ほかの人とは違うすごいやつではない。
でも、だからといって投げやりになる必要もない。
特別ではない一人の人間として、できることをする。
娘のことも、特別な才能を持った誰かとしてではなく、ただ大切な一人として見ていく。
それくらいの距離感で、ちょうどいいのかもしれません。
子どもを大切にすること、自分を大切にすること。
それはきっと、誰よりも特別だと思い込むことではなく、特別でなくても、ちゃんと大切だと思えることなのだと思います。
