ここに貴方が居なくても
前記事で「体とのコミュニケーション」について書いた。こうしたことは、「亡くなった人」、「遠距離恋愛の相手」、「未来の理想の恋人」とのコミュニケーションにも応用できる、とも。
「あれ、それって」と、気がついた。タロットカードを読んだりするのも同じだな? 亡くなった人の声を降ろす巫女さんや、霊能者さんにも通じるものがあるな?
自分を否定したり、卑下したりすることをしなくなれば、自分とフラットに向き合える。同じ要領で色んな、目に見えないものと「ここに居るなら」と想像し、「何を言いたいの?」と対話することが出来る。
私は亡くなった父がいつも守ってくれていると感じている。父は良くも悪くも放任主義というか、人がしたいことを禁止するようなことがなかった。私が何か夢を抱いたら、「生きて健康なんだから、好きなようにやりなさい」と言うと思う。父の一周忌後も母は、「(仏壇の)お父さん放っといて旅行になんて行けない」と言っていたが、私は「お父さんなら”行け”って言うよ」と言った。故人に縛られて自分の人生をつまらないものにしてくれるな、と父は言うと思った。それは父が晩年COPDを患い、旅行にも行けずベッドに縛り付けられることになっていたから尚更だ。どれほど「旅行でもしたいなあ」と思ったことだろうか。今父は、母や私の側に居るんだから、旅行に行けば必ず一緒に楽しんでくれるだろう。
もし私が、「これをやって良いんだろうか」と迷うようなことが出てきた場合、側に居る父が私を見限って離れていくような選択はしないでおこうと思う。問題がある相手だと気付いているのに自分をごまかして結婚しちゃったりとか。問題がある取引だと気付いているのに、納得いくまで調べもしないで進めちゃったりとか。ポイントは「気付いているのに無視した」ということで、それは自分自身の心や、自分を信じて側に居てくれる父を蔑ろにしていることになる。
そうして「ここに居ない存在」にもコミュニケーションを広げていく。想像力と気付きを持って。あら、今私はカードもばんばん読めて、目の前に居ない天使や守護霊ともコミュニケーションが取れると言う「マジシャン」の状態なんじゃない?
