涼しいねと話しかければ
お風呂に入ったら思わず、「気持ち良いー」と声が出た。そこで「気持ち良いねえ」と側に誰かが居るように言ってみる。問いかけているのは自分の体だ。「気持ち良いねえ」と呟くと、体もまた「温まるねえ」と言ってくる。胃腸をさすりながら「最近無理させてる?」と聞いてみると「この間は食べ過ぎで大変だったよ」と言われた。
外出してみると猛暑がおちついてとても涼しい。「涼しいねえ」と心中呟くと、体が「過ごしやすいねえ」と返す。
-あの暑さが信じられないねえ。
-ただ歩いているだけで心地良いねえ。
こんなやりとりを体としているととても安心する。昔、俵万智の短歌で”「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ”というものがあった。体に問いかければ答えを返してくれる。その「あたたかさ」。「答える人」は必ず居る。一人のようで一人じゃない。こんな温かい関係を自分自身と結べれば、当たり前のように他人とも温かい関係を結ぶだろう。
体が応えるなんてあるわけないでしょ、と言う人もいるだろう。この「体の声」は、自分が体の身になってみて感じたことだ。こんな対話は亡くなった人との対話でも、今ここに居ない遠距離恋愛の相手でも、未来の彼氏とのシミュレーションやりとりでも、皆やっている。コツは想像力を働かせること。便通などを客観的な現れとして「食べすぎたかも」「睡眠不足かも」「筋肉が張っているかも」といった状況から体の声を感じてみる。聞こえてくるだろう。
「この間ずっと、しょっちゅう何か食べてたから働きづめで辛かった」という胃腸の声とか。
「最近運動不足だから血液の巡りが悪くなってるんだよ、かかとが冷えてるよ」という足の声とか。
気付いたら、「酷使してごめんねえ。運動不足でごめんねえ」と言ってあげよう。すると、体とコミュニケーションが取れていく。
そんな自分とのコミュニケーションが、現実の他人との関係性構築に投影されていく。
