ジョン・レノンの命日が今年もやってきたわけだが。 椎葉ユウ「脳内note」#27
(このnoteには定価が付いていますが、たくさん読んでいただきたい気持ちもあるので最後まで無料で読めます。よろしければということで)
これを書き始めている現在、2025年12月8日の0:25である。
いつ書こうが関係ないといえば関係ないんだけど、ジョンのことを考えたり書いたりする時には、そういうことが大事な気がしている。
ジョンが撃たれて亡くなったのは、1980年の12月8日の22:50なので、ジョンの命日は世界的には8日である。
それはそれでいい。
でももちろんこれは現地時間だ。
日本時間でいうと、12月9日火曜の12:50にジョンが亡くなったことになる。
「ことになる」なんて客観的な書き方をするのは、本当は違和感がある。
自分にとって、全く客観視できない出来事だったから。
あの時から、自分の中の何かが全く動いていない気がする。
壊れた時計のように。
時計が壊れても時は過ぎていき、人生は進んでいき、生活に塗れながら素敵なことや最悪なことに出会い、たくさんの音楽と人に恵まれ、そして、今、ここにいる。
だけども、あの日から、何かが止まっている。
1980年4月、東京の大学に入学した私は、福岡県人寮(様々な関東の大学に在学する福岡県出身者のみ入ることのできる学生寮)に入り、人生初の体育会系ノリの洗礼を受けつつも音楽仲間もでき、それなりに楽しく過ごしていた。
因みに一年後に入寮してきた後輩のTくん(後にミュージックマガジンに入社しレコードコレクターズの編集長となる)たちとバンドも組んだ。(ルースターズ、モッズ、ロッカーズのコピーバンドだった、福岡県人だからね)
東京には小さくてワクワクする品揃えのレコード屋がたくさんあり、月に1・2度くらいレコード仲間と3人で渋谷や高田馬場、下北沢などのレコ屋巡りをしてバイト代を使い果たした。
夏休みは福岡に帰省してデパートでバイトに励み、その金でパールの初心者向けドラムセットを買った。
ビートルズは意外と難しかったので、最初はザ・クラッシュやエアロスミスの曲を聴きながらドラムを叩くのだが、ウォークマン用の軽いヘッドホンで曲を爆音再生しながらやっていて、バンドの一員になった気で叩くもんだからヘッドホンが吹き飛んでしまい、にわかに現実に戻ったりしていた。
大学には理系で入学したのに理系の講義についていけず、この頃には文系に転部しようかと真面目に考え始めていた(全く親に相談しなかったので、後で母から呆れられたが)。
悩むこともきついこともありつつ、仲間との出会いと音楽のおかげで1980年も終わろうとしていた。
そんな1980年の12月9日。
ついていけない講義もあるとはいえ、ほぼ毎日大学にとりあえず行っていた私は、この日も大学に行った。
クラスにも音楽好きの仲間がいて彼らと過ごすのは最高に楽しく、講義をサボって仲間の下宿にたむろすることも多かったが、単位を落とさない程度には出席した。親の脛齧りの身を自覚していたので迷惑はかけたくなかったから。
そんな日々だったので、この日も大学には行ったのだが、講義にちゃんと出席したのか、講義がなんだったのか、定かではない。
ただ、午後の講義に出たのは間違いないと思う。
そして、この日はなんとなく講義の後、友人と遊ばずに寮に帰った。愛車(中古で7,000円くらいで買った自転車。スペシャルズなどのツートーンが好きで市松模様にペイントしていたせいか、よく警察官に呼び止められた)で約20分の道のりを。
寮の部屋は、3年生のE先輩と相部屋だった。
Eさんはとても優しく真面目な人で、多分私がたまに部屋で聴くパンクやニューウェイヴは嫌だったんじゃないかと思うが、一言もおっしゃらなかった。
その日、私が部屋に帰った時にはEさんはまだ帰ってなく、いつものように2段ベッドの上、自分のテリトリーで寝転がろうと思った時。
他の部屋から1人の先輩が私たちの部屋に来た。
「ジョン・レノンが死んだらしいぜ、お前好きやろ?」
え?
わかりません、何を言ってるのか。
「いまニュースで言いよったっちゃん、ジョン・レノン死んだ、て。銃で撃たれた、て。」
隣の部屋にはテレビがあったので、隣に行った。
本当の話、らしい。
部屋に戻って、ラジオをつけた。
ジョンの曲が流れていた。
何曲か流れていた中に、「ヘイ・ジュード」も流れていて、こんな時なのに、
「その選曲は違うやろ」
と思って、無性に腹立たしかった。
その日、そのあと何をしていたのか、ほとんど覚えていない。
ビートルズやジョンのレコードを聴かなかったのは確かだ。
多分、ずっとラジオやテレビで「間違いでした、ジョン・レノンは亡くなっていませんでした」と言ってくれるのを待っていたような気がする。
何をしたらいいのか、わからない。
どう振る舞ったらいいのか、わからない。
哀しいのかどうかも、わからない。
とにかく、あのわからない感じだけは覚えている。
自分の中の何かが止まって、何かが抜け落ちて、空っぽになったような。
半年前に、可愛がってくれていた祖父が亡くなった時とはまた違う、あの感じ。
何をすればいいのかわからないのだが、何もしないときつい気がして、ジョンの写真にマジックで黒の縁取りをして、部屋のドアに貼った。
翌日、出席しないと単位を落とす実験の授業があったので、黒い服を着て大学へ行った。
ビートルズ好きのクラスメイトと、少し話した。
「きついね」
「まいったね」
「嘘みたいやね」
そんな程度だったと思う。
何十年経ってもまだ、きついし、まいってる。
レコードを聴けば、いつでもそこにジョンは居る。
いつでも、生々しく、剥き出しのまま、そこに居る。
聴けば聴くほど、自分の中で何かが止まったままなのに気づく。
それでもやっぱり、ジョンの声を聴いている。
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