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自己紹介|支える側と支えられる側を経験して見えた3つのこと


なぜ私が「介護のすれ違い」を発信しているのか


こんにちは。

よりそいさん|すれ違い翻訳室 です。


まずは、自己紹介をさせてください。

私は以前、福祉の現場で介護福祉士・生活相談員として働いていました。


利用者さんの日常生活の支援、ご家族との相談や調整、介護計画書の作成、

入所調整などに関わってきました。


その後、ALSを発症し、今度は介護を受ける側になりました。

つまり私は、介護を「する側」と「受ける側」の両方を経験しています。



このnoteでは、学んだ通り、

調べた通りやっているのに、

なぜかうまくいかない介護について、

現場と当事者の両側から言語化していきます。






私の立ち位置


私が伝えたいのは、特別な魔法のような介護ではありません。


教科書通りにやっているのに、なぜか届かない。

頑張っているのに、なぜか相手の反応がよくない。

良かれと思っているのに、すれ違ってしまう。

そんな介護の中にある「小さなズレ」を見つめ直すことです。


介護技術は大切です。


でも、その前に、

目の前の人に合っているかどうかを確認する視点が必要だと思っています。



大切にしていること


私が大切にしているのは、次の3つです。

・本人の気持ちを置き去りにしないこと

・家族や現場の事情も軽く扱わないこと

・答えが出なくても、考え続けること


一言でいうと、

私は「正しさだけで人を置いていかない介護」を大切にしています。


本人の希望、ご家族の不安、現場の事情、制度や環境の限界。

福祉の現場で、どう折り合いをつけていくかを考え続けてきました。


福祉の仕事は、「何かをしてあげる仕事」ではありません。

その人の暮らしと現実を、どうつないでいくかを考える仕事だと思います。



今も忘れられない利用者さんの視線


今も忘れられないことがあります。


利用者さんが望んでいない、

別のサービス事業所への誘導をしなければならなかったことがありました。


介護環境やご家族の意向など、理由はありました。

当時の私は、周囲の意見や判断に流されるままでした。


けれど、その方の表情は、今も忘れられません。

「助けてくれなかった」

そう言われたわけではありません。

でも、そういう視線で見つめられていました。


いまだに、あの判断の正解は分かりません。

ただ、本人の希望に応えられなかったことに変わりはありません。


その経験があるからこそ、

私は簡単に「これが正しい」と言い切る怖さを知っています。



ALSになって、見える景色が変わりました


2017年4月、私はALSと診断されました。発症は2016年9月です。

私の場合は遺伝性で、母の病状を見ていたこともありました。


だからこそ、これから起きるかもしれない変化を、

どこかで知っていました。


怖かったです。


それでも当時の私は、現実を直視できず逃げていました。

その一方で、周囲にはから元気を振りまいていました。

自分自身が整理できていないまま、日々を送っていたのだと思います。


やがて、働き続けたい気持ちはありながらも退職することになりました。

悔しさもありましたが、それ以上に申し訳なさが残りました。


職場の上司や仲間、家族、親類、友人たち。

支えてくれた方々への感謝は、今も忘れません。


そして私は、支える側から、支えられる側になりました。



現在の生活について


現在の私は、ほぼ全介助で生活しています。( 2026年 7月 )

胃ろう、気管切開、声門閉鎖術を受け、人工呼吸器を装着しています。

声帯を切除しているため、声を出して話すことはできません。


日中のほとんどをベッド上で過ごし、

ベッドを起こした状態でパソコンを操作しています。

パソコンは、トラックボールマウスを両手で動かしながら入力しています。


まれに、リクライニング式の車椅子で外へ散歩に行くこともあります。


食事は経管栄養が中心ですが、

軽食やおやつを口にして楽しむこともあります。


リハビリでは、

呼吸器を外して過ごす練習にも取り組み、

最近、30分の呼吸器離脱を達成しました。

立位保持は、2分から5分ほど行っています。


できることは限られています。

それでも、今の身体でできることを一つずつ確認しながら生活しています。


このような生活の中で介助を受けているからこそ、

ケアの小さな違いが、

身体にも心にも大きく影響することを実感しています。



頼ることは、思っていたより難しい


福祉の現場で働いていた頃、私は本気で思っていました。

「困ったときは、遠慮なく言ってくださいね」


でも、自分が支えられる側になってから気づきました。

頼ることは、思っていたよりずっと難しい。


お願いしたいことはある。

けれど、相手も忙しい。


これを頼んだら迷惑ではないか。

今じゃなくてもいいのではないか。


そう考えているうちに、言葉が止まることがあります。


でも、そこで頼らないと、

あとでもっと大きな迷惑をかけてしまうこともある。


この葛藤は、支える側にいた頃の私には、

見えているようで見えていませんでした。



触れた手から、伝わるものがある


介護を受ける側になって、はっきり分かったことがあります。


その人に合わせたケアができる人と、

テキスト通りのケアを提供して終わる人。


その差は、受ける側に伝わります。

これは、上手い・下手だけの話ではありません。


相手に合わせようとしているか。

合っているかを確認しているか。

目の前の人を見ているか。

それとも、手順を終えることが目的になっているか。


不思議なことに、

相手がどれくらいこちらのことを考えて、努力を重ねてこられたのか、

ケアを通して、触れた手を通して伝わることが多々あります。


心遣いまで感じられるのです。


忙しくても、「ほかにありませんか?」と聞いてくれる人がいます。

一度だけではなく、複数回確認してくれる人がいます。

そういう方には、しっかり向き合ってくれているという安心感があります。


逆に、確認される機会がないまま、こちらが訴える余裕もなく、

諦めなければならないこともあります。


相手も忙しいから仕方がない。

そう思うようにしていても、身体と心には違和感が残ります。



「すれ違い翻訳室」に込めた想い


「すれ違い翻訳室」という名前には、ある想いを込めました。


学んだ通り、調べた通り、ちゃんとやっているのに、

なぜかうまくいかない。


頑張っているのに、なぜか相手に届かない。


その理由は、技術そのものの前にある、

もっと根本的なところにあるのかもしれません。


自分自身にはしないようなこと、

不快なこと、ネガティブなことを、

無意識のうちにケアとして提供していないか。


気づいているかどうかで、ケアの届き方は変わります。


“受け入れられ、喜ばれる介護”とは、特別なことではないと思います。


真摯に、正直に向き合うこと。

相手の性格や距離感を知ろうとすること。

言葉にできない反応を見落とさないこと。

必要な確認を、面倒がらずに重ねること。


視点を変えると、ケアの提供の仕方も、相手の反応も異なります。



介護の見方が、少し変わる場所に


これからこのnoteでは、介護の中で起きる小さなすれ違いを、

一つずつ翻訳していきます。


「ちゃんとやっているのに、なぜかうまくいかない」


そう感じたときは、

技術が足りないだけではなく、

介助する側とされる側の間に、

小さなすれ違いが隠れているのかもしれません。


私は、どちらか一方の正しさを示したいのではありません。


本人に何が起きているのか。

介助する人は、何に困っているのか。


その間を一緒に考えるための判断材料を、

これからも自分の言葉で残していきます。


特に、施設や病院で直接介助を行い、

本人の小さな反応を次のケアに生かしたい介護職の方へ。


「拒否あり」「本人の気分」「相性」で終わらせず、

  • 次に何を見るか

  • 本人へ何を確かめるか

  • 介助の何を変えるか

  • 何を記録し、次の人へ伝えるか

を考えるための実践ガイドをまとめました。




よりそいさん|すれ違い翻訳室






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よりそいさん|介護のすれ違い翻訳室📙 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでもお役に立てたなら嬉しいです。これからも、介護のすれ違いを言葉にして届けていきます🕊️応援、よろしくお願いします🌸