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スピリチュアル講座に313万円払った私の売上は、息子がくれた500円でした


序章:「ママの学びになるなら、払ってあげるよ」

今年の二月の終わり、私はリビングで、大学生の息子に値段を聞いた。

「これに値段をつけるとしたら、いくら払う?」

チャクラのリーディングをして、ヒーリングのエネルギーを送ったあとだった。息子は少し考えて、言った。

「百円かな。でも今、小銭がないから五百円でいいや。これがママの学びになるなら、払ってあげるよ」

そうして私は、五百円玉を受け取った。

そのとき私が受けていたセールス講座には、「グループ全員が、何かしら売れるまでチャレンジ」という企画があった。受講したばかりで、売る商品も決まっていない。それでも何か売らなければならなくて、友達にLINEをして、電話もかけた。でも、久しぶりに連絡した友達に会って、いきなりセールスというわけにもいかない。困り果てた私の最後のお客さんが、家族の中で一番ヒーリングに理解のある長男だった。

この五百円が、私の売上のすべてだ。

ここに至るまでに、私が講座に払った金額は、三百十三万円。

正確には、3,133,600円。あとで明細を見て、自分でも驚いた。払った本人が、合計を把握していなかった。

言っておきたいのは、これは告発の記事ではない、ということだ。講師を恨んでもいないし、スピリチュアルが嘘だとも思っていない。あの学びの時間は、本当に楽しかった。

ただ、三百十三万円と五百円のあいだで何が起きたのかを、一度ちゃんと数えて、整理して、置いておきたい。私と同じ道の途中にいる誰かが、いつか通りかかったときのために。

話は、泣きながら目が覚めた、ある夜から始まる。


第1章:泣きながら目が覚めた夜のことを、まだ覚えている

始まりは、ひとつの言葉だった。

「あなたが動けば、世界が平和になる」

宇宙のこと、世界のこと、そして世界平和。その言葉に、私は強烈に惹きつけられた。笑う人は笑えばいいと思う。でも私は、もともと神様や、目に見えない高次元の存在を信じてきた人間だ。その私の真ん中に、あの言葉はまっすぐ入ってきた。

話を聞いた、その夜のことだ。

夢を見た。

宇宙空間だった。緑色に光る幾何学模様が、どんどん流れていく。映画マトリックスの、あの緑色。その流れの中に、私自身も浮かんでいた。

そして、その中で私は言ったのだ。

——あー、ごめんなさい。忘れていました。私、やることあったんだわ。

涙と一緒に、朝方、飛び起きた。頬が濡れていた。

涙と一緒に目が覚める、という経験を、私はそれまでしたことがなかった。だからこれは特別なものだと思った。魂からのメッセージだと、受け取った。50年生きてきて、やっと思い出した。私にはやることがある。そのために、この講座と出会ったのだ、と。

はっきり書いておきたいのは、このとき私の中に、疑いが一粒もなかったことだ。

「怪しくないかな」とも、「高くないかな」とも、思わなかった。検索もしなかった。誰かに相談しようとも思わなかった。する必要がなかった。だって、答えはもう、内側から来ていたのだから。

あとで知ることになるのだが、深夜にスマホで「講座名+評判」と検索して迷うのは、確信が来ていない人だ。私は迷わなかった。確信の中にいる人間は、幸せで、静かで、まっすぐだ。誰にも止められない。あのときの私を止められるとしたら、それは疑いの言葉ではなく——まったく別の道具だったと思う。その道具の話は、ずっとあとの章でする。

こうして私は、入口の講座に申し込んだ。278,000円。

高いとも、安いとも思わなかった。使命の入場料に、相場はない。

第2章:「そろそろ、自分に投資してもいいよね」

お金の話をしよう。

原資は、独身時代の貯金だった。結婚前に働いて、コツコツ貯めたお金。ずっと手をつけずにいた、「私が働いてきた証」のようなお金だ。

それと、パート代。私はその頃までに7年、パートで働いていた。稼いだお金の使い道は、子どもの塾代、家族のこと、それから自分の美容代。気づけば50万円単位のお金を、家族のために払ってきていた。

だから、思ってしまったのだ。

——そろそろ、自分に投資してもいいよね。

子どもたちは大きくなった。手はかからなくなった。50代、ここから先の人生を、私はどう生きるのか。そこに「あなたが動けば、世界が平和になる」が来て、あの夢が来た。自分への投資と、世界への貢献が、ひとつの線でつながった。これ以上の使い道が、あるだろうか?

夫には、言わなかった。

隠した、というのとは少し違う。「ママのパート代から出すから」——それは嘘ではなかった。ただ、金額は言わなかった。言えば「やめときなよ」と言われるのが、わかっていたからだ。せっかく魂が思い出した「やること」を、始まる前に止められたくなかった。

いま思えば、この「言えば止められる」という予感こそ、私の中のもう一人の私が出した鑑定結果だった。でも当時の私は、それを「理解のない人には話さないほうがいい」という知恵だと解釈した。夢はまだ小さな火で、風に当てたら消えてしまう。守らなければ、と思った。

こうして私の学びは、家族の誰にも金額を知られないまま、始まった。

最初の振込のときの気持ちを、正直に書いておく。惜しいとは、まったく思わなかった。むしろ、誇らしかった。私はいま、自分の使命のために、自分のお金で、一歩を踏み出した——そういう晴れがましさの中にいた。

このあと私は、講座を重ねるたびに振込を重ねていくことになる。あとの章で明細ごとお見せするが、その途中、セールスの学びに進むときには、こんな言葉ももらった。

「良いものを持っているなら、必要な人に届けるのが、社会貢献です」

そうかもしれない、と思った。私は良いものを学んでいる。届けないのは、もったいないどころか、社会への損失かもしれない。——振込のたびに、お金は「出費」ではなく「貢献」になっていった。

もしあなたが今、似たような言葉の前に立っているなら、覚えておいてほしい。私はこの言葉たちを、一度も嘘だと思ったことがない。今でも、言った人たちは本気だったと思っている。それでも私の313万円は、500円になった。言葉の真偽と、お金の行方は、別の問題なのだ。

第3章:学びは、本当に楽しかった

誤解されたくないので、この章を書く。

私はこの記録を、被害者として書いていない。なぜなら、学びそのものは、本当に楽しかったからだ。ここを飛ばして「300万円失った話」だけを読まれると、私の3年間の半分が嘘になる。

何が楽しかったのか。

一番は、「うすうす気づいていたことが、確信に変わる」体験だった。50年も生きていれば、人生経験の中で、なんとなく感じ取っていることがたくさんある。人との関わりで大事なこと、心の在り方、ものごとの捉え方。でも「なんとなく」は、確信ではない。講座で学ぶたびに、「ああ、あれはやっぱり、そうだったんだ」と腑に落ちる。この感覚は、快感だった。

同時に、思い知らされもした。私が「自分なりに精一杯考えてきた」と思っていたことの多くが、実は表面的で、深掘りが全然足りていなかったこと。学生時代に仕入れたきりの古い知識が、頭の中で化石になっていたこと。世の中の考え方は年々アップデートされていて、私は何十年も前の版のままだったこと。

ショックというより、新鮮だった。この年齢になっても、知らないことだらけ。学ぶことが、こんなに楽しい。視座が上がっていく感覚——ものごとを見る高さが変わっていく感覚は、若い頃の勉強では味わったことのないものだった。

変化は、家の中にも出た。

子どもたちと話すときの、私の態度が変わっていったらしい。頭ごなしではなく、聞けるようになった。決めつけずに、考えられるようになった。それを子どもたち自身が感じ取って、「ママ、変わったね」という空気になっていったこと。50代の母親の、つたない成長を、子どもたちが実感してくれたこと。これは、お金には換算できない喜びだった。

体感も、あった。

神社で、エネルギーを感じたこと。しかも、神社ごとに、神様ごとに、そのエネルギーが微妙に違うのがわかったこと。浄化のワークの前と後で、明らかに実感が違ったこと。長年悩んでいた花粉症の症状が、なくなったこと。同居する義母にヒーリングの練習をさせてもらうと、調子が良くなったり、予防になったりしているのが、そばで見ていてわかったこと。

これらが医学的に何だったのか、私には証明できない。プラセボだと言う人もいるだろう。でも私の実感としては、確かに「あった」。だから私は今でも、あの世界を嘘だとは思っていない。

——と、ここまで書いて、あなたは思うかもしれない。「じゃあ、いい買い物だったんじゃないの?」と。

そうなのだ。ここが、この話の一番ややこしいところだ。

学びは本物で、楽しくて、私を成長させた。体感もあった。家族にも良い変化があった。それでも、313万円を払って、売上は500円だった。「良い学びだった」と「良い買い物だった」は、同じではなかった。「私は成長した」と「私は仕事にできた」も、同じではなかった。

この「同じではなかった」に気づいていくのが、ここから先の話だ。

そして最初のひび割れは、学びの充実の、すぐ隣で始まっていた。

第4章:「あなたが看板を開けないせいで、救われない人がいる」

前の章の終わりに書いた通り、学びは楽しかった。でもその頃にはもう、小さな引っかかりが胸の中にあった。

——これ、誰でもできるんじゃないだろうか。

講座の生徒は、練習すればみんなできるようになっていた。手から温かいものを流せない人は、いなかった。選ばれた人の力というより、眠っていた誰の中にもあるものを、起こしているだけなんじゃないか。

その引っかかりを抱えたまま、私はセールスの先生の前にいた。

先生には、忘れられない過去があった。まだ自分の技術が完成していないと思っていた頃、ちゃんと再現性のある形に仕上げてから友達に届けよう、と準備を続けていた。その間に、友達は亡くなってしまった。もっと早く届けていれば、あの子はあんなに苦しまずに済んだかもしれない——先生はその後悔を、何度も語った。

だから先生は言うのだ。

「自分ができることを隠して生きているのは、使命に忠実に生きているとは言えません。目の前に、救える人がいるかもしれない。あなたが看板を開けていないせいで、救われるはずの人がさまよって、長く苦しむことになるかもしれないんですよ。エビデンスなんていらない。今やれることをやりなさい。助けなさい」

嘘だとは思わない。今でも思っていない。あれは、後悔した人の本気の言葉だった。

でも、今ならわかることがある。あの本気の言葉は、私の引っかかり——「これは誰でもできることではないのか」——への、答えではなかった。私の疑問と、先生の後悔は、別の話だった。それなのに、あの物語を聞いたあと、疑って立ち止まっている時間そのものが、誰かを苦しめているように感じられた。

心が動くことと、疑問が解けることは、別のことだ。当時の私は、それを区別できなかった。

だから私は、引っかかりを飲み込んで、こう思うことにした。

誰でもできることかもしれない。でも、今の私は、できる。だったら、やり続けよう。

疑いは、消えたのではなかった。「疑うことは悪いこと」に、変わっただけだった。

第5章:3人に断られて、1人には「?」という顔をされた

やり続けよう、と決めた。決めたからには、練習をさせてもらえる相手がいる。

まずは、昔からの友達に声をかけた。ヒーリングを習っていること。よかったらモニターになってもらえないかということ。お金は取らない。感想を聞かせてくれるだけでいい。

3人に、断られた。

みんな、悪い人ではない。長い付き合いの、いい友達だ。だからこそ、断り方も優しかった。責められたわけでも、笑われたわけでもない。ただ、それまでと少しだけ違う空気が、電話の向こうに流れた。私はその空気の名前を知っていた。——怪しまれている。

一人だけ、受けてくれた友達がいた。

終わったあと、彼女は言った。「なんとなく、すっきりした……かも?」

その語尾の「?」を、私は今でも覚えている。嘘をつかない、正直な人なのだ。感じたままを言ってくれた。温かい気はした、悪くはなかった、でも、これが何だったのかはわからない——その全部が、あの「?」に入っていた。

モニターは最終的に、11人になった。

内訳を書いてみる。家族が5人。昔からの友達が1人。ヒーラー養成講座の仲間が4人。占い師をしている友達が1人。

あとになって、この内訳の意味に気づいた。

「エネルギーを感じます」「流れてくるのがわかります」と言ってくれたのは、養成講座の仲間と、占い師の友達だった。つまり、私のヒーリングが伝わったのは、同じ世界の中にいる人たちだけだった。彼女たちは感じてくれる。でも、彼女たちは自分でもできる。お客さんには、ならない。

一方、世界の外にいる普通の友達には、そもそも届かなかった。断られるか、受けてくれても「?」だった。

わかる人は、買わない。わからない人には、届かない。

私が売ろうとしていたものの市場は、内と外のあいだの、とても細い隙間にしかなかった。そのことに、当時の私はまだ、はっきりとは気づいていなかった。ただ、先生の言った「救いを待っている必要な人」が、少なくとも私の電話帳の中にはいないらしい、ということだけが、じわじわとわかってきていた。

第6章:気功の本と、「借り物の力」の値段

モニターの足が止まった頃、私は本を読んでいた。

きっかけは、皮肉なことに、先生の説明がわからなかったことだ。ヒーリングの先生は、エネルギーを言葉で説明するのが得意な人ではなかった。感覚で掴んでいる人だったのだと思う。でも私は理解したかった。自分の手から流れているこれが何なのか、ちゃんと知りたかった。先生の言葉で足りない分を、私は本で埋めようとした。一冊では足りず、何冊も読んだ。

行き着いたのは、気功だった。

気の流れが滞っているところを、流してあげる。原理は、それだけだった。そして世の中には、同じ原理のものがいくつもあった。気功。霊気。ハワイのフナ。呼び名と作法が違うだけで、やっていることは同じに見えた。

気功の本には、やり方まで書いてあった。手順が、具体的に、書いてあった。スピリチュアル系の本には、もっと簡単なことが書いてあった——イメージすれば、できます、と。

私が百四十九万円かけて伝授してもらったものの入口が、書店で買える本の中に、最初からあった。

思い返せば、証拠は講座の中にもあった。養成講座の生徒は、練習すれば全員できるようになっていた。全員だ。手から温かいものを流せない人は、いなかった。

そして、いちばん身近なところにも、答えは最初からあった。子どもが小さかった頃、お腹が痛いといえばお腹に手を当てた。熱を出せば額に手を当てた。「手当て」という言葉は、そのままの意味だった。母親なら誰でも、教わりもせずにやってきたこと。私が高いお金を払って学んだものは、三人の子育ての中で私がとっくにやっていたことと、同じ場所にあった。

誰でも、できる。薄々の引っかかりが、確信に変わった。

追い打ちのように、もうひとつの問いが立ち上がってきた。

そもそもこの力は、私のものですらない。講座ではそう教わっていた。自然からいただく力。宇宙や、神様とつながって、通していただく力。私はただの通り道であって、源ではない。

——借り物の力で、お金をもらうって、どうなんだろう。

自分の力ではないものに、値段をつける。そのお金は、誰の何に対して払われるんだろう。考えれば考えるほど、わからなくなった。誰でもできて、しかも自分の力ですらないものを、私は百四十九万円で買い、さらに百六十四万円かけて売り方を習っている。この算数は、どこかがおかしい。でも、どこがおかしいのかを、うまく言葉にできなかった。

頭の中が、ぐちゃぐちゃになった。

それで私がどうしたかというと——何もしなかった。

誰かに相談することも、検索して答えを探すことも、講座に問い合わせることも、しなかった。怒りも湧かなかった。ただ、モニターのお願いをやめ、ヒーリングの話を人にするのをやめ、看板を開ける前に、そっと閉めた。

脱落というのは、劇的なものだと思っていた。実際は、静かだった。日常は続いていた。パートに出て、家族のご飯を作って、講座のことは考えないようにした。それで、生活は何も困らなかった。困らないことが、いちばんこたえた。

第7章:スーパーでは1円を吟味する私が、魂には313万円を払った

いま、笑ってしまう話をひとつ書く。

私はスーパーで、真剣に悩む人間だ。お肉にしようか、お魚にしようか。旬のものがお買い得になっている。本当はお肉の気分だったけれど、この献立ならお魚が合うし、思ったより安い。じゃあこっちにしよう——極端に言えば1円単位まで、値段と価値をちゃんと検討して買い物をする。何十年も、そうやって家計を守ってきた。

その同じ人間が、「魂の向上のために、今これをやらなくちゃいけない!」と思った瞬間、数十万円を、検討らしい検討もなしに振り込んでいた。それを、何度も繰り返した。合計、313万円。

なんだ、その判断基準。

魚は1円まで吟味するのに、魂は即決。我ながら、笑うしかない。313万円あれば、家族全員で、豪華なヨーロッパ旅行にだって行けた。しかもその間の生活費は、夫が文句ひとつ言わずに働いて支えてくれていた。私は自分の貯金とパート代からとはいえ、大金をはたいて、「世界平和!」と偉そうなことを言っていたのだ。

——と、ここまで自分を笑ってから、ちゃんと考えたい。本当に私は、ただ愚かだったんだろうか。

違うと思う。スーパーの私は、愚かどころか有能だ。値段と価値を比べる回路は、私の中にちゃんとある。何十年も鍛えてきた、現役の回路だ。

ではなぜ、講座のときだけ、その回路が動かなかったのか。

答えはたぶん、こうだ。「魂」「使命」「世界平和」という言葉は、値段を比べる回路を通らない。比べようがないからだ。お魚はお肉と比べられる。でも「魂の向上」は、何と比べればいい? 値札のつけようがないものに値札がついていたら、その値段が高いのか安いのか、判断する物差しがそもそもない。だから物差しごと、先生の言い値に預けてしまう。

しかも、あの夢があった。泣きながら目が覚めた、あの確信があった。確信は、検討を省略させる。「本物だとわかっているものを、値切る必要がある?」——当時の私の中で、確信の強さが、そのまま支払いの正当性になっていた。

でも、313万円と500円のあいだを歩いてきた今なら、はっきり言える。

確信が本物かどうかと、その値段が妥当かどうかは、別の問題だ。

あの夢は、本物だったと今でも思う。エネルギーも流れていたと思う。それでも、313万円は払いすぎだった。この2つは、両立する。確信は魂の話で、値段はお金の話。別の場所で、別の物差しで、判断しなければいけなかった。

つまり、必要だったのはこういうことだ。魂に確信が来た夜こそ、翌朝、スーパーの私を連れてくること。1円を吟味するあの回路の前に、「ヒーラー養成講座・498,000円」を並べて、いつもの目で見ること。

言うのは簡単だ。でも、確信の只中にいる人間に、それはとても難しい。確信は「今すぐ」を求めてくるし、講座には申込期限があるし、先生には後悔の物語がある。

だから私は、あの頃の自分のために、それを難しくなくする道具を作ることにした。確信が来た夜に、スーパーの私を呼び戻すための、具体的な手順とチェックリスト。

確信は、本物でした。お金の判断は、間違いでした。この2つを分けて置く方法を、あの夜の私に渡すつもりで、ここから先に書きます。——313万円の授業料の、レシートごと。

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