身体って実はすごいんだとしたら? ①
7月に無料公開され、100近くに及ぶセッションがある動画レクチャーシリーズThe End of COVIDのリバイバル無料視聴期間は終わりましたが、AlecさんのTwitter (X)で紹介されている一本の動画はずっと見られるし共有できるとのことなので、そのセッションWhat if my body is brilliant?を3回に分けてご紹介します。健康の概念や自分の身体について考える良いきっかけになると思います。
QPのワンポイント英語慣用表現
kick the can down the road
問題を先延ばしにすると言う、比較的最近(1980年代半ば)米政界で使われ始めたと言うイディオム。遊びの缶蹴りとは関係なく、拾って捨てなくてはならない道にある空き缶を遠くに蹴飛ばすと言う方法で対処する、すなわち今は適当にとりあえずの解決策を使うけれどその問題がなくなったわけではないのでいずれちゃんと対処しなくてはならなくなる、と言う意味。今回の記事中、どんな問題を先送りにする、と使われているのでしょう?
出典:What if my body is brilliant? (動画/pdf)
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— Daniel “Alec” Zeck (@Alec_Zeck) June 28, 2023
What If My Body is Brilliant?
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https://theendofcovid.com/wp-content/uploads/2023/06/What_If_My_Body_Is_Brilliant_3-9-23.pdf
以下の問いかけで好奇心が芽生えたら、この動画/pdfファイルを他の人にもシェアして発見の旅の仲間になってもらって下さい。
自分の身体って実はすごいんだとしたら? 身体が為すこと全て、生き残り成長するための戦略だとしたら?身体が試みている不可解なまでに複雑なプロセスは全て、その時その時に存在する資源と障害物が何であれ、その与えられた状況で前に進んでいくための最良の道筋だとしたらどうだろう?
何十億という自分の細胞が(見事なまでに)常に成長し適応すべく、毎日意図的に死滅し、怪我やストレスや毒への曝露が更なる細胞死という結果になっているとしたら? 老廃物が生じた時にいち早く取り除けなかった場合、その老廃物はみなどこに行くだろう?
過剰な老廃物が必要以上に長く体内に留まっていたらどうなるんだろう? この停滞している老廃物の「沼」は隣接する健全な細胞にダメージを与えて、老廃物が溜まり続けるにつれ、雪だるま式に細胞死を引き起こさないだろうか? この悪循環から抜け出すために、身体はどんな戦略を用いるだろう?
身体は自然な物だけを認識するので、一般的に消費され身体に吸収されている合成品や超加工品(例えば人工香味料とか人工着色料、植物油や種子油、マイクロプラスチックなど)で混乱させられてるとしたら? これらの物質も「沼」の一部なら、身体はどう対処するだろう?
自分が食べた物の死滅した細胞の分解処理に腸内のバクテリアが決定的に重要であり、健康な人体の全ての部分においてバクテリアが見つかっているのだから、死滅した自分の細胞の老廃物を分解する際にもバクテリアが役割を果たしているのではないのだろうか?
「善玉」菌とか「悪玉」菌と言う考え方が根本的に間違っているとしたら? バクテリアは全て、ある一つの仕事が役目の有機体にすぎないとしたら? その役目とは死滅した細胞を食べること、すなわち死滅した細胞を更に細かく分解し、排出し易くして生命のサイクルの一部として土に戻れるようにすることだとしたら?
死滅した細胞を代謝する過程でバクテリア自身も老廃物を産生するのだから、死滅した物質を次から次へと消化しなければならなくなった結果、その老廃物産生が行きすぎた時のみ身体に問題を引き起こすのだとしたらどうだろう?
バクテリアや他の微生物が、正真正銘の根源的な問題点、すなわち様々な要因で引き起こされる過剰な細胞死の都合の良いスケープゴートにされてるのだとしたら? 例えて言えば、バクテリアが火事を引き起こしたんじゃなくて、消火のために自然が為せる技としてバクテリアが増殖しているのだとしたら?
死滅した細胞の残骸、微生物の老廃物、合成物質が一度に沢山に身体の負担となった場合、それらの複合物を取り除くために身体は一体どんな戦略を取るだろう? 充分水分が取れてなかったり、お通じの回数が少なかったりしたらどうだろう? 運動が足りてなくて老廃物を汗で流してなかったらどうだろう? 叡智に富んだ身体が「沼」掃除をするために次に取る方法は何だろう?
下痢や嘔吐が老廃物を取り除くために身体が取っている戦略だとしたら? 過度な痰や鼻水も同様だったら?我々が「病気」と普通に言っている症状が実は治癒のための必要なステップに過ぎないとしたら?
「病気」の症状を止めるべく薬を飲むことが、実は身体が治ることを妨げているとしたら? 抗生物質はバクテリアを殺すので、それが不要物質の分解を止めてしまい、ひいては自然な浄化作用が中断されてしまうとしたら?(不快ではあろうとも)これらの症状を通して身体が過剰な老廃物を取り除くことができなくなったら、老廃物を奥深くに貯める以外ないのじゃないだろうか?
症状が問題なのではなく、症状はそれ以前に起こった問題の解決策であるとすれば、現代医療がやってる努力は全て見当違いなのでは? この一世紀の間に劇的に増えた慢性疾患が、少なくとも部分的には短期的な症状抑制が進歩したせいであるとしたら? もし身体が老廃物をどんどん奥に押し込んでいるとしたら、単に急性疾患を慢性疾患に変えているだけで、問題を先送りにしてもっと深刻な結果を作り出しているのでは?
特定の疾患という概念が間違っているとしたら? 全ての病気の根本的原因は一緒で、個々人の不可能なまでに微妙な履歴によって症状が違うだけだとしたら? この考え方は、シンプルな水断食療法を用いそれぞれ別個とされている多種の疾患を治療したら、良好な結果が観察されてきていることの説明になってはいないだろうか?
全ての疾患の治療法は、過剰な老廃物や他の障害をただ取り除き、優秀な身体が自然と治るのを可能にするだけだとしたら? その自然治癒プロセスは、個々人の固有の履歴や生活習慣次第で、他の人たちより極端に長く時間がかかる人たちもいるのだとしたら? 変数要因がごまんとある中、どうやったらこの考え方を臨床試験で証明あるいは反証する事ができるだろうか?
以上、今回は身体がしていること、「病気」「症状」の捉え方についてのところまで。この捉え方を知ると本当に目から鱗だし、見える世界そして結果も断然違う。遡れば、おのころ心平氏著書「病気は才能」
https://kanki-pub.co.jp/pub/book/9784761267797/
や野口晴哉氏著書「風邪の効用」
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480038074/
などの本に出会えたおかげで、この捉え方が容易にできるようになった。書物との出会いも幸福な恵。
次回は心の話。
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