平面衝撃波は自発的な粒子生成を起こさない:シュヴィンガー効果について
『速度には光速という限界があるけれど、加速度に限界はないのか?』というnoteの最後に、シュヴィンガー効果(Schwinger effect)に触れました。
強い電場を用意すると、その電場から電子と陽電子の対が大量に生成され、結果として元の電場が崩壊していく現象があります。この現象は、その理論を完成させたジュリアン・シュヴィンガー(Julian Schwinger)にちなんで『シュヴィンガー効果(Schwinger effect)』と呼ばれています。
しかし、平面的な電磁波の場合、たとえその電場がどれほど強くても、電子と陽電子の対生成は起きません。これは、相対論のローレンツ不変性とエネルギー・運動量保存則によって禁止されているからです。今回は、この理由について具体的に解説しておこうと思います。
まず、シュヴィンガー効果の元の理論は、静的な外場、つまり一定で強い電場を前提としています。

電場の強さがある閾値を超えると、その電場から電子と陽電子が生成されます。電子と陽電子の質量は同じで、約10のマイナス30キログラムです。相対論によれば、質量はエネルギーを持ちます。この場合、電子と陽電子の質量エネルギーは、水素原子が放つ光子のエネルギーのおよそ 1,000,000 倍にもなります。そのため、通常の光子や電磁場では、エネルギーが不足しているため、それらが電子と陽電子に分裂することは起きません。普通のエネルギーの光子や電磁場では、この膨大な質量エネルギーを供給できないのです。
しかし、静的な電場Eを非常に強くすると、その電場が持つエネルギーが電子と陽電子の質量エネルギーを超えることが可能になります。シュヴィンガーが理論的に導き出した、単位時間あたりに生成される電子と陽電子の対の確率は、以下の式で表されます。

ここで、右辺の最後にある指数の項に注目してください。電場Eが電子質量の2乗に比べて小さい場合、この指数因子は極めて小さくなります。そのため、通常の電場の強さでは、この効果を実験的に観測するのは非常に困難です。しかし、電場Eを非常に大きくすると、この指数因子の肩にある分数の値がほぼマイナス1になるあたりから、粒子生成が顕著に起こり始めます。これが、いわゆるシュヴィンガー効果です。
では、加速度上限に関するnoteで論じた平面的な電磁衝撃波の場合、このシュヴィンガー効果は起きるのでしょうか?答えは、「起きない」です。
仮に図2のように、平面的な衝撃波から粒子生成が単位時間に一定の確率で起こると仮定してみましょう。

生成された電子と陽電子は、ゼロでない運動量を持ち、そのエネルギーは少なくとも質量エネルギーより大きいものになります。エネルギー保存則と運動量保存則により、その運動量とエネルギーは衝撃波から供給されなければなりません。
では、この状況を異なる慣性系から観測してみましょう。元の慣性系において左から右に一定速度(光速cに近い速度)で移動する観測者の慣性系に移ると、図2の状況は図3のように見えます。

図3のこの粒子生成は、エネルギー・運動量保存則を破ってます。電子と陽電子の質量エネルギーは、ローレンツ変換の下で不変なので、この慣性系でも同じ値を保ちます。しかし、一方で波のエネルギーは、ローレンツ変換による赤方偏移の影響で非常に小さくなります。そのため、エネルギーの小さな波から電子と陽電子の質量エネルギーを供給することは不可能です。また、生成される電子と陽電子の運動量の絶対値も大きくなるため、エネルギー・運動量保存則によって、そのような粒子をこの波が生成することは完全に禁止されます。
図3の状況が禁止されるのであれば、図2の元の慣性系でも粒子生成は起こりません。したがって、平面的な電磁衝撃波から電子と陽電子が作られることはありません。このため、シュヴィンガー効果は完全に無視できるのです。
ちなみにブラックホールの非常に強い重力場では、ホーキング輻射が発生します。この輻射には光子やニュートリノだけでなく、電子と陽電子も含まれています。この電子と陽電子の生成は、重力版のシュヴィンガー効果と見ることもできます。この例からもわかるように、電場や重力場が非常に強い場合、一般にはその場から量子的に粒子が生成されることがあります。しかし、今回の平面的な衝撃波のように特殊な形状の波では、電磁波でも重力波でもシュヴィンガー効果が無視できるという事実は、物理学徒も知っておいて良いことだと思います。
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