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1つの古典力学系でも、その「ハミルトニアン」は、同時に無数にある。

古典力学、またはその解析力学では、ハミルトニアンHという物理量が重要です。この値Eはエネルギーとも呼ばれます。

たとえば3次元空間にあるN個の点粒子のHは、各粒子の運動量ベクトルと位置ベクトルで指定される点(p,q)から成る、6N次元相空間上の関数です。

(1)式:N個の粒子のハミルトニアン

一般に古典力学では、物理量は測定前から確定的に存在し、人間はそれを実験測定で確かめるだけと、長く考えられてきました。これは「物理量の値は測定前には実在していない」と考える量子力学の考え方と、大きく異なります。

量子力学では、基準となる測定法を最初に定めて、それをもって「物理量を定義した」とします。操作的な考え方で物理量は初めて明確に定義をされるのです。しかしよく考えると、古典力学でも、特定の系のハミルトニアンHの具体形は、その系の時間発展の実験データから定められるものです。この意味では、古典力学のHも量子力学と同様に、実験から操作的に「定義」をされる概念なのです。

N個の粒子のハミルトニアンHも、その形は実験で決められています。定義としてHは「運動エネルギーK+ポテンシャルエネルギーV」と書かれている教科書もありますが、本来はその特別な形も実験で検証をされたものなのです。一般の系のHでは、そのような「K+V」の形も成り立っていません。

時刻τ=0に各粒子の運動量と位置を勝手に与えて実験を始め、各粒子が各時刻に6N次元相空間のどこにあるのかをデータ化します。このデータから、各初期条件から始まる系の運動の軌道(p(τ),q(τ))の集合が得られます。この集合の各軌道が、Hに対する下記の正準方程式を解の軌道と一致するように、Hの具体形を定めているのです。

(2)式:時間τに対する正準方程式

この実験から分かる(1)式のHの具体形が、時間τに露わに依存していなければ、正準方程式の各解軌道(p(τ),q(τ))に対しても、Hという物理量は保存します。つまりその時間微分は零です。

Hの保存則

これは各時刻でのHの値が、初期時刻τ=0でのHの値と一致するという意味になります。その初期時刻での値をEと書きます。このEは、この系で保存する「エネルギー」と定義されます。

保存するエネルギー

一般のHの形は、n番目の粒子の位置と運動量の関数のnに関する和と、それ以外の相互作用項Vの足し算で書くことが、常にできます。

ハミルトニアンHの分解

このHの分解は一意ではなく、いろいろできます。上の式の右辺第1項の一部の寄与を、第2項のVに押し付けることができるためです。しかしそのHの分解をうまく選ぶことによって、実験の開始時刻τ=0と実験が終わる時刻τ=Tにおいて、Vが消えるようにできたとしましょう。

相互作用項Vが消える始状態と終状態

すると保存するHの関係式は、下記のような各粒子系での寄与の和の保存則を与えます。

(3)式:相加的なエネルギー保存則

これは「相加的なエネルギー保存則」と言われます。この保存則が成り立つときには、1番目の粒子に対して下記の「エネルギー差」を考えることは、物理の直観的理解に大変役立ちます。

第1粒子のエネルギー差

2番目からN番目の粒子の寄与のエネルギー差を

残りの系のエネルギー差

で定義すると、(3)式の相加的なエネルギー保存則は

エネルギー差についての保存則

を意味します。つまり第1の粒子のエネルギーが増えたり減ったりしても、その差は消えることなく、他の粒子のエネルギーの変化分となって、全体としてのエネルギーは保存し続けるのです。ですから相互作用項Vがうまく初期時刻と終時刻に消える設定を見つけられれば、物理の解析にもそれは大変便利です。

ここで「便利」と書きましたが、全体としてのエネルギー保存則は、Vが消えなくても成り立っていることに注意をしてください。Vが消えれば、部分系のエネルギー差にも意味を与えられるので、便利というだけなのです。

なお量子力学の水素原子でも、同様の「相加的なエネルギー保存則」が出てきます。励起状態のエネルギー準位から基底状態の最低エネルギー準位に時間発展をする水素原子のエネルギー差は、その過程で放出された光子のエネルギーに一致するという相加的なエネルギー保存則はよく知られています。

このことを言い換えれば、「水素原子のエネルギー+光子のエネルギー」という相加的な保存則が成り立つように、通常のエネルギー、つまりハミルトニアンは選択をされているのです。

ここで「ハミルトニアンは選択をされている」という上の表現にひっかかった方も居るかもしれません。これは、「同時に存在する多数の異なるハミルトニアン概念の中から、1つのハミルトニアンが選び取られて、定義をされている」という意味です。その意味を下記で解説してみます。

まず実数上の任意の単調増加関数F(x)を考えます。

単調増加関数F(x)

このF(x)を使って、N個の粒子系に対しての下記の作用関数Iを考えます。

拡張された作用関数I

ここでの時間座標tは、上で使ってきた時間座標τとは、一般に異なっても良いです。後でtとτの関係を具体的に定めます。

またこの作用(または被積分関数のラグランジアン)の形が定めるハミルトニアンは、Hではなく、F(H)です。このF(H)は「時間座標tに対するハミルトニアン」であり、(2)式に現れる「時間座標τに対するハミルトニアンH」とは、一般に異なる物理量です。

このIの変分法から得られる、時間tに対する正準方程式は下記です。

作用Iから導出される正準方程式

右辺の微分を計算すると、これは次の方程式と同じになります。

(4)式

ここでF(x)は時間tに依存しないため、(4)式から「時間tに対するエネルギー保存則」として

が示されます。つまり時刻tでのF(H)の値は、初期時刻t=0での値と一致します。そして初期時刻t=0はτ=0の時刻と一致するようにとれば、F(H)の値は

(5)式

で与えられます。このF(E)を使うことで、「ラプス関数」と呼ばれるNを下記で定めましょう。

そして時間τと時間tは下記の変換式で繋がっているとします。

(6)式:ラプス関数を使ったτとtの変換式

この(6)式で(4)式の時間tに対する正準方程式を変換すると、(2)式の元の時間τに対する正準方程式が再現されます。つまり作用Iが与えるダイナミクスは、元の正準方程式のダイナミクスと同じだと証明されました。

時間τと時間tの関係を表した図が下記になります。

エネルギーに応じて解軌道の時間の刻み方を変えた時間座標t

この図のように、各軌道のエネルギーの値Eに応じて、針の動きの速さが異なる小さな時計が系に取り付けられており、その針の位置を読んで、時間tの値を測るのです。

ここで行った時間座標の変換は、一般相対論の正準理論ではよく行われるテクニックです。N個の粒子の運動を表す6N次元相空間の軌道は、時間tでも時間τでも表せます。これまで考えてきた6N次元空間に時間軸を加えた、6N+1次元時空中の各点で、

という時間座標の変換をしたことになっています。

ではまとめます。時計の選択が時間座標を決め、その時間座標での正準方程式が定めるハミルトニアンも1つに選択されるのです。時間τに対してはH、時間tに対してはF(H)がハミルトニアンです。実験者が選んだ時計に応じて、様々なハミルトニアンが現れ、そしてそれぞれは計測できるのです。

また時間τでの元のハミルトニアンHが、ある初期条件に対して実験でH=Eという値をとることが分かれば、同時に別な物理量とみなせるf(H)がf(E)の値をとったことも分かります。 この「時間座標τに対するハミルトニアンH」と「時間座標tに対するハミルトニアンf(H)」は異なる物理量でも、1つの実験の1回の測定だけで、Eとf(E)という値が同時に得られるのです。 これを逆に見れば、この測定実験が「時間座標τに対するハミルトニアン」と「時間座標tに対するハミルトニアン」という2つの物理量を同時に、そして操作的に定義していると言えるというのが、古典力学のハミルトニアンに対する「堀田量子」的な観方です。

なおHが相加的なエネルギー保存則を初期時刻と終時刻で与えるのならば、一般にはf(H)の保存則は相加的な保存則にはなりません。Hに対しては部分系のエネルギー差を考える意味はありますが、f(H)に対しては部分系のエネルギー差を考える動機は特にないのです。この違いはありますが、H、f(H)のどちらも、保存する全体の「エネルギー」という意味をきちんと持っています。ただし対応する時間座標が違うので、異なる物理量としてそれは定義されていると考える必要があるのです。


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