💟日ノ御子・佐野・物部川――日本一の⛰️国見岳と神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂

(Google.map/縮尺約192.3万分の1)
🎀串呂哲学研究ノート 第525号
⛩️「国見」とは即位の儀式だった──。
日本一の⛰️国見岳から御所市柏原の⛩️神武天皇聖蹟伝説地へと伸びる神風串呂が、初代大王・神武天皇の“真の即位地”を照射する。 地名・地形・神話が織りなす地文の連鎖が、御所市⛰️国見山を中心に新たな歴史像を浮かび上がらせる。連載第5回。
💞はじめに──「国見」は大王就任を示す儀礼だった
これまで、神武天皇の串呂を教材として「串呂とは何か」を研究し公開してきました。今号では、日本各地に存在する“国見”の中でも、日本一の標高を誇る⛰️国見岳(熊本県八代市)を起点とした新たな神風串呂をご紹介します。
奈良県御所市柏原地区にある「⛩️神武天皇聖蹟伝説地の石碑」は、⛰️国見山のほぼ頂上付近に位置しています。
前々号(第523号)で『はつが野を細かく観察しますと、「最初の野原」です。それこそ大王就任後に最初に立った「⛰️国見山」(⛩️聖蹟伝説地の石碑の所在地)こそ「最初の野原」です。』と述べたように、神武天皇が初めて行った事業は、農耕儀礼としての「国見」であったと考えられます。


古代において国見とは、 “為政者が高所に登り、地勢と民の暮らしを見渡す儀礼” であり、同時に “その地の王に就任したことを示す象徴的行為” でもありました。
したがって、神武天皇の場合は 国見=大王就任 と理解することができます。
🌷⛩️内宮から⛰️国見山へ──「初代王の初めの一歩」を示す地文
⛩️伊勢の内宮から御所市の⛩️神武天皇聖蹟伝説地(⛰️国見山)へ引いた串呂には、和泉市の「はつが野」「あゆみ野」が並びます。
はつが野=初代王の“初め”
あゆみ野=歩み=最初の事業
つまり、 初代王が最初に行った事業=国見 という構図が、地文として明確に示されているのです。

🟪初代王 神武天皇(佐野命)の初めの一歩は国見だった!

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❇️⛩️内宮(伊勢市)
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❇️⛩️神武天皇聖蹟伝説地(⛰️国見山)
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❇️はつが野(和泉市)最初・初代王
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❇️あゆみ野(和泉市)歩み・事業・国見
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❇️泉州空港北(泉佐野市飛地)幼名 佐野命
今号は、この⛰️国見山(御所市)に着目して新串呂を研究しました。
🌷日本一の⛰️国見岳を起点とする理由
国内には「国見山」「国見岳」が多数ありますが、最高峰は標高1,739mの⛰️国見岳(熊本県八代市)です。
串呂哲学では、 “最も高い山=最も象徴性が強い” という原則があります。 第520号で扱った「日本一の茶臼山」も同じ考え方でした。
八代市の⛰️国見岳は、隣接する“⛰️小国見岳”に対して“大国見”と呼ばれます。 初代大王の即位地を探る起点として、これほどふさわしい山はありません。
【参照】
国見岳-山と渓谷オンライン
国見岳 (熊本県・宮崎県) - Wikipedia


💞日本一の⛰️国見岳と神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂
巻頭でご紹介した、日本一の⛰️国見岳から神武天皇聖蹟伝説地(御所市)へ引いた串呂をご紹介します。
起点 ⛰️国見岳(熊本県八代市泉町樅木)
至点 神武天皇聖蹟伝説地(御所市柏原/⛰️国見山上)
🌷串呂概観――日ノ御子(香美市)を貫通!
日本一の⛰️国見岳から神武天皇聖蹟伝説地(御所市)へ引いた串呂を概観すると、まず目に飛び込んできたのが 高知県香美市香北町「日ノ御子」 です。
⭕日本一の⛰️国見岳(くにみだけ/熊本県八代市泉町樅木)
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🎯日ノ御子(ひのみこ/高知県香美市香北町)
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⭕神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市原谷)

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日ノ御子は、日神の御子を示す地文ですので、天津神系とされる神武天皇の即位地と日本一の⛰️国見岳を結んだ串呂上に「日ノ御子」が配置されてることは、まことに的確かつ神秘的・驚異的な現象であります。
しかも、「日ノ御子」の南をながれる河川は「物部川」です。
これは、神武天皇と物部氏(戦闘部族)とは深い関連があるということを示していると思います。東征軍の主力部隊として活躍した久米氏は物部氏の一族であるとの説があります。(今後の研究課題です。)
日ノ御子の住所の香美市の香美は、「神」と同じ意味かも?と思いながら、付近の串呂線上にある地文を見ていると、同じ香美市のやや西方にある、香美市土佐山田町「佐野」の中央付近を貫通していました。
この土佐山田町「佐野」は、神武天皇の幼名を示す地文ですが、その東部はやはり物部川が流れています。

日本一の⛰️国見岳と神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂
そればかりでは有りません。上記の地図で確認いただけますが、この土佐山田町「佐野」の東南には、物部川を隔てて、香美市土佐山田町の「鏡野公園」が隣接しています。
土佐山田町「佐野+物部川+鏡野公園」がセット(一式)になって配置されているのです。
これらの地文は「神武東征の深層」を示しているようです!

(Google.map/縮尺約192.3万分の1)
南西から
⭕日本一の⛰️国見岳(くにみだけ/熊本県八代市泉町樅木)
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🎯佐野(さの/高知県香美市土佐山田町)神武天皇幼名
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❇️物部川(ものべがわ/高知県香美市)物部氏(戦闘部族)
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🎯日ノ御子(ひのみこ/高知県香美市香北町)日の神の御子
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⭕神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原地区)
🔶日ノ御子=日の神の御子=神武軍の旗印
🔶その南を流れるのは 物部川(戦闘部族)
🔶さらに西には 土佐山田町「佐野」(神武天皇の幼名)
🔶「佐野」の東南には鏡野公園(大王就任)
つまり、
日本一の⛰️国見岳 →佐野 → 物部川 → 日ノ御子 → 御所市⛰️国見山
という“神武東征の深層”を語る地文が一直線上に並んでいるのです。
これは偶然ではなく、 神武天皇即位地=御所市柏原地区 という仮説を強力に裏付ける神風串呂です。
こうして、この串呂線上に、神武天皇の幼名を示す「佐野」、東征の戦闘部隊・物部氏を示す「物部川」、日神の御子を示す「日ノ御子」が配置されているのを拝見し、⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原地区)は、真の神武天皇即位地(橿原宮跡)であろうという仮説は、いよいよ真実味を帯びて参りました。
この勢いに乗って、さらに研究を進めたところ、予想通り、この串呂線上には、初代王 神武天皇が、御所市柏原地区の⛰️国見山(⛩️神武天皇聖蹟伝説地)で国見をしたことを証明する地文が多数配置されていました。
ここでは、その地文の中から御所市の⛩️神武天皇聖蹟伝説地が真の即位地であることを証明するために、特に重要と思われる11個の地文を取上げて考察し「関連地文一覧」では100個以上の地文を取上げて紹介します。
これらの中には、古代史の深層を示す地文が、まるで鉱山のダイヤモンドのように、真実の輝きを放って配置されています。
これこそまさに神皇正統家極秘伝・神風串呂です。
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神武天皇の神風串呂――神皇正統家極秘伝
ヤマト王権の初代王 神武天皇の神風串呂をご紹介しています。これまで投稿した15本の記事に加えて、今後投稿する「神武天皇の神風串呂」の続編を…
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