💟神々の不退転の御決意!-鈴木超世志の随感録(3)
🎀串呂哲学研究ノート第465号
🔴神々の不退転の御決意!
神皇正統家極秘伝「神風串呂」が世に公開されたのは敗戦後の事であります。
不敬罪や治安維持法が廃止となり、学問の自由、言論出版の自由が保障されたので、堂々と串呂の研究と公開が可能になりました。
三浦芳聖師が神風串呂の存在を中央政界に告知したのは1955年(昭和30年)1月から開始された「皇居遷都提唱運動」の時でした。
この運動の本質は、神々が構築された「神風串呂」を認めるか、これを否定して、世俗の権力に従うかの二者択一を迫ったものでした。
結果は、始めから分かっていたと思いますが、物事の順序として実施せざるを得ず、行ったものと思います。
1959年(昭和34年)6月の皇居造営審議会の答申に基づき新宮殿の造営地が、千代田区の皇居内に決定されたあと、某愛国団体が機関紙を使って三浦芳聖師を糾弾したことがありました。この件については、下記で既述の通りです。
🔴昭和34年(1959)9月26日に発生した「伊勢湾台風」は、この皇居遷都提唱運動に関し、某政治家が右翼新聞を使って二回にわたり、三浦芳聖師を糾弾したため、伊勢神宮の神々がお怒りになって発生したと聞いています。
串呂を公開した以上、串呂を構築された神々は、串呂を認めるまでは後へは引けないという御決意ではないかと拝察いたします。

🔴首都(東京)の神風串呂
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