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聴けない社会 訊けない社会 1

 本質的な意味での対話とは、自己主張をぶつけあうのでもなければ、たんに意見を出し合うのとも違う。それくらい誰でもわかるよ、と言われるかもしれません。
 
 でも、「対話の重要性」について深い理解をもっている人は稀ではないでしょうか。
 
 では、「本来の意味での対話」とはどういうものなのか。売場でのお客と店員のやりとりから、哲学的な対話まで。さまざまなレベルがあります。しかし、本質はいっしょである気がします。
 
 第一に、人の話を静かな心で注意深く聴けること。
 
 心がざわついていたり、話の行方をコントロールしようとする欲が働くと相手の話は正確に入ってきません。そして、必要な返しもできなくなるので、「建設的な」対話は成立しにくいことでしょう。
 
 あるいは、自分の立場や意見は絶対に変えないという態度でマインドもハートも閉ざした状態であれば、相手の話を「聴けない」のも当然でしょう。
 
 一方、「訊けない」ということがあります。近頃はサービス業でも客のほうが遠慮して「質問」したり「確認」したりできないということがありそうです。訊かれても従業員がマニュアルに沿ったこと以外には答えられないとか。
 
 本記事のタイトル中の「訊く」は、英語だとaskです。「聴く」は、listenです。相手の話を聴けると同時に、訊ける。それはちょうど呼吸みたいなものです。二つそろってサイクルが完結するのが、対話だと思います。凹凸のある土地を均(なら)すように、双方の認識のずれを直し、近づけてゆくとともに新たな発見もある。残念なことにこれが行われていないことがずいぶんある気がします。
 
 ところで、無意識的にせよ意識的にせよ、人が対話を拒絶するときというのは、どういうケースが思い浮かぶでしょうか。

 以下は知人から聞いた話です。その方は、家族がコロナに罹って入院し、ご本人は最初のうち無症状だったんですが、微熱が出たために病院から入院を勧められ、自宅療養を希望するも、「急変することがあるから」という言われてしかたなしに入院しました。そこで点滴治療をやるように言われ、「ちょっと待ってください。熱もない、鼻水も出ない、咳も出ていないのに、なんで点滴しなきゃいけないんですか?」そう質問したところ、主治医に「あんたワクチン打ってないんだろー!!抗体できると思っているのかねー!!」と、怒鳴られたそうです。それでも、「これ打って副作用ないんですか? どんな薬にも副作用ありますよね」と訊くと、「稀に発熱することがある」との答え。結局は打つことになって、案の定、8度5分の熱が出てしまったということです。看護師が「解熱剤を飲みましょうか」と言ったのにたいし、病院にいることだし、飲まなくていい、熱が下がるまで待ちますと意思表示すると、それも尊重されず、「高熱だから」という理由で、飲むように勧められたので、「だから、言ったでしょう。わざわざ熱を出させておいて。はい、わかりました。それでは、解熱剤を飲みますかじゃなく、飲んでください、と言い直してください」と、切り返したところ、ばつが悪そうに小声で「じゃあ、飲んでください」と言ったそうです。そして、「いまお薬(の包装を)あけますから」と来たので、「自分であけます!」と、怒っているんだぞという態度を表しつづけたということでした。
 この方はまた別の経験として、血圧の薬を出されたとき、「今は(血圧が)さほど高くないから、飲む必要はないんじゃないですか」と言ったのも聴かれずに、飲むことを強要してくるから、副作用に関して訊いたそうです。
「バタンと倒れて運悪く頭でも打って……そうなった時にはどうやって責任取られるんですか?絶対そうなるとは言いませんよ。でも可能性としてはこれありますよね」すると、「そんなねえ、起こってもないことを言って、屁理屈ばかり言って……」どうのこうのと言うから、「いいです先生。じゃあ、この質問に答えないんだったら、薬持って帰りません」って言ったら、しまいには腹立てて、「あーもういい、うるさい。帰りなさい」と言われたそうです。
 
 皆さん、いかがでしょうか。これらのケースは何を教えているでしょう?
 
 人が本質的な対話に入るのを拒絶するのは、どんな場合か。身辺にそんなケースはないか。まずはそれを思い出し、注意深く観察し、よく考えてみてください。
 
 続編の『聴けない社会 訊けない社会』Ⅱでさらに掘り下げます。
                   
                       (文責 :コトウミ シラベ)

🚢 QDSディレクター/エディター・伊波達也のコメントを以下に載せています

 対話の重要性についてわかっていただけましたでしょうか。
 聴けない社会、訊けない社会は確かに広がっていると思います。
 もう一つ、「伝えない社会」も広がっている気がします。
 今回の中に出てきた、言海氏の知人と医師のやりとりですが、
お互いに自分の主義主張や、こうありたいという点をうまく伝える努力を怠っている気がします。
 伝えるというのはなかなか難しくて、一種の婉曲表現的な伝え方も重要だと思います。
 婉曲表現がなく、最初からストレートでケンカごし、売り言葉に買い言葉では伝わるものも伝わらない。
 これはコミュニケーション、対話の一種の基本テクニックでもあると思います。聴くのも、訊くのも同じことが言えると思います。
 フレキシブルさも大切です。
 それでもラチが開かない場合には、一回引いて見る、とりあえず逃げる、避ける、そして自問自答することも時には必要だと思います。
                            (イバ  タツヤ)

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