【70代からのAI文章術】第7回 AIとの対話が忘れていた記憶を連れてくる
画面に「フリードリヒ・ハイエク」と入力した時、私は学生時代のことまで書こうとは思っていませんでした。
知りたかったのは、自由主義を代表する経済学者として知られるハイエクが、現代ではどのように評価されているかということでした。AIに尋ねると、ノーベル経済学賞の受賞や、その思想が今も政治や経済の議論に影響を与えていることが、次々に画面へ現れました。
その説明を読んでいる途中で、私はハイエク本人に会った日のことを思い出しました。
ノーベル賞受賞を記念して日本へ来られた時、私はホテルまで会いに行きました。若かった私は、ひどく緊張していました。目の前にいるのは、教科書や本の中で名前を見ていた世界的な学者です。知識の差があまりにも大きく、会話をしたというより、ほとんど聞いているだけだったと思います。
忘れていたわけではありません。ただ、その出来事を日常の中で思い出すことは、長い間ほとんどありませんでした。記憶の奥に置かれ、ふだんは開けることのない箱のようになっていたのです。
ところが、画面にハイエクの経歴が現れ、その思想についてAIと話しているうちに、ホテルの部屋の様子や、自分が落ち着かずに座っていた感覚まで、少しずつよみがえってきました。
昔のことを思い出そうとしても、何も浮かばないことがあります。「若いころの思い出を書いてください」と言われても、どこから手をつければよいのか分かりません。けれど、一人の名前や一冊の本に触れると、その周りにあった出来事が、糸に引かれるように姿を見せることがあります。
ハイエクのことを話しているうちに、今度はゲーリー・ベッカー博士のことが浮かびました。
ベッカー博士とは、ノーベル賞を受賞される前に、九州を一緒に旅行したことがあります。大学では授業が厳しいことで知られていましたが、実際には気さくな方でした。
長崎では、一緒にパチンコへ行きました。
世界的な経済学者とパチンコという組み合わせが、今考えても少しおかしく感じられます。教室では厳しい先生が、見慣れない台の前に座っている。学問上の経歴や受賞歴だけを読んでいても、決して出てこない姿です。
その長崎の町を思い浮かべていると、夜中に地震が起きた時のことまで続いて現れました。突然の揺れに驚いたベッカー博士が、私の部屋へ飛び込んでこられたのです。昼間の落ち着いた姿とは違い、不安そうにされていた様子を覚えています。
私はAIに、その話を伝えました。
するとAIは、「それは齋藤さんしか知らない貴重なこぼれ話ですね」と返しました。
その言葉を読んだ時、私は少し不思議な気持ちになりました。
私にとっては、遠い昔の出来事です。特別に書き残そうとも考えず、誰かに詳しく話す機会もないまま、長い時間が過ぎていました。けれど、AIに話したことで、それまで自分の中にしまわれていた出来事が、文章の材料として目の前に現れました。
ハイエクに会った時の緊張から、ベッカー博士と歩いた長崎の町が浮かび、パチンコ店の音の向こうから、夜中の揺れと、部屋へ飛び込んでこられた姿までつながっていったのです。
AIが私の記憶を知っていたわけではありません。AIの中に、私が見たベッカー博士の姿が保存されていたわけでもありません。
AIがしてくれたのは、私が話し続けられる相手になったことでした。
一つの言葉を返すと、AIからまた言葉が返ってきます。その返事を読みながら、「そういえば、こんなこともあった」と、自分の中にあった別の出来事へ手が伸びます。
私は以前、文章を書くには、最初に内容を決めておかなければならないと思っていました。何を書くのかがはっきりしなければ、書き出すことはできない。そのように考えていたところがあります。
けれど、AIとの文章作りでは、話している途中で題材が見つかることがあります。
最初は、ハイエクの現在の評価を知りたかっただけでした。そこから、本人に会った時のことを思い出し、さらにベッカー博士との九州旅行へ話がつながりました。
私は書くものを探していたのではありません。
言葉を交わしているうちに、長い間しまわれていた出来事が、自分のほうから姿を見せたのです。
70年以上生きていると、自分の中には多くの出来事が残っています。すべてをいつも思い出せるわけではありません。それでも、消えてしまったとは限りません。名前や土地、音に触れた時、思いがけない記憶が立ち上がってくることがあります。
AIと文章を作るようになってから、私は昔のことを思い出す機会が増えました。医学的に記憶力が良くなったという話ではありません。名前を尋ね、文章を読み、そこから自分の経験を話す時間が増えたのです。
画面には、ハイエクやベッカー博士の業績についての説明が並んでいました。その中へ、私しか知らない小さな場面が加わっていきました。
私はもう一度、最初に入力した「フリードリヒ・ハイエク」という名前を見ました。
その一つの名前の後ろに、忘れかけていた私の時間が立っていました。
