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東京ラブストーリーと寅次郎の休日

まず冒頭に申し上げるが、
「カンチ、セックスしよ」ではなく
「ねえ、セックスしよ」である。

年末に「ひとつ屋根の下」を観てたので、おちゃらけた江口よりもカッコ良い江口を観たくなったので東京ラブストーリーを観たというわけだ。

放送された1991年1月はバブル崩壊直前期。
人々はまだ不景気を知らない時代。
ちょうど5年前に男女雇用機会均等法が施行された。

観てて思ったのは、東京者と思えないスレていない若者たちが描かれているなと思った。
5歳から東京に住んでいる俺としては、ガキから老人まで、東京の連中は「人間がスレている」と感じてたので意外だった。田舎者だってすぐに東京に慣れてスレていく。

なぜそう思っていたのかというと、比較対象があるからだ。
毎年夏休みには、三原(広島)と杵築(大分)、両親の実家にまる1ヶ月滞在して過ごした。どっちも山と海と空しかないど田舎である。
こんなところに、スレた人間などいない。

親戚に「東京の暮らしはどう?」と聞かれると、
「東京は人の住むところじゃないよ」と答えていた。

志賀直哉の作品に「犬に対して、お前はほんとにいい奴だな」というくだりがあるが、東京の犬ですらマセガキのように見える。

もっとも、登場人物は愛媛出身の三人と帰国子女であるから、東京者ではない。脚本家の坂元 裕二は当時は22歳、プロデューサーの大多亮は30歳。
バブル景気でみんなが浮かれている上に、若い連中が作っていたのだから、そりゃ軽くて前向きな作品になる。

同じ時期に放映されたのが「男はつらいよ。寅次郎の休日」だ。
前作から、寅次郎のカットは少なくなり、満男の恋を追うようになる。

すでに山田監督も渥美清の「死」を意識したのだろう。
ビートルズのアビーロードのように、「終わり」を覚悟したであろう美しい作品が続く。「寅次郎の休日」は日田(大分県)がロケ地だ。
秋葉原の電気屋で真面目に働いていた泉の父が、愛人と住んでいるという設定だ。「東京ラブストリー」の設定とは対照的だ。
東京で疲れた父が、田舎で朗らかに暮らしている。

東京の描き方で印象的なのは、小津安二郎監督の「東京物語」である。
1953年にして「東京はもう上がつっかえている」という。
「私ずるいんです」という原節子の台詞に込められているように、東京者の小狡さが描かれている。
東京に息子、娘をとられた親たちはみんな共感したはずだ。
私の祖父母たちも、孫が夏に帰ってくるよりも、両親が帰ってくるのを望んでいたのだろう。

ちなみに、小津安二郎は深川出身、大多亮は浅草出身である。
シネマの神様とドラマの神様が東京の下町出身とは奇遇である。
渥美清も上野育ちである。

生粋の東京っ子の彼らは、心のどこかで「東京」を「薄っぺらいアイコン」のように感じていたのかもしれないと思った。
みんなの憧れる街「東京」は、東京っ子にとってはタダの街だからだ。

大多亮は、「浮かれた恋」だけでドラマ12回を作り上げるのはすごいことだという。

「東京ラブストーリー」は、病気もなければ、事故もない、貧困もない。
同様に、小津映画も基本的には何も起きない。寅さんも同様だ。

そんな時に「東京」は薄っぺらい舞台装置としては最適なのだ。

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