見出し画像

パニック障害とともに生きる私の時間

〜「逃げられない」場所への恐怖と、身体の声を聴くこと〜

パニック障害のきっかけは、新幹線の車内で突然起きた発作でした。
その日から、新幹線に乗ることは「魔の時間」になってしまいました。今は基本的には乗らず、どうしてもという時だけにしています。

特急電車でもかつて大好きだったミュージカルを観た帰りに発作が起きてから、行けなくなってしまった。ミュージカルも映画も3年ほどは遠ざかっていました。

今も映画館では端っこの通路側を選び、なるべく周りに人がいない席をオンラインで何度も確認してから行きます。
「何かあったら逃げられない」
「恥ずかしい思いをしたらどうしよう」
「周りに迷惑をかけてしまうかもしれない」
その想像が先に来てしまうんです。

美容室、歯医者、電車、バス、新幹線、
人がやたら多い場所、映画館などなど
密閉空間やすぐに逃げれないような場所
出入り口やトイレが遠い場所、慣れない場所
怖いですし避けがちになりますよね。


身体に現れた「心の声」

発作のあとからふくらはぎが1ヶ月半もの間ずっと攣りかけたような状態が続きました。
整形外科、循環器内科や内科、大学病院まで行きましたが、原因ははっきりしないまま。

薬をもらうたび、「これで治るかも!マシになるかも!」と一瞬ホッとする。けれど何も変わらない。
「足に麻酔をしてくれ!」と泣き叫び、夜も眠れず毎日が絶望でした。

その後、神経の問題だと分かり鍼灸院でケアしてもらうようになりました。
心と身体は本当に繋がっていると痛感しました。

今もある「怖さ」との付き合い方

今も、迷走神経反射のような症状が時折出ます。
小さな体調の変化にも、敏感に反応してしまう。
そして「何か大きな病気じゃないか?」と最悪のシナリオを描いてしまう。
医師や看護師からは「もう少し自分の身体を信じてみて」と言われたこともありました。

そう言われても、「自分の感覚」がすでにセンサーのようになっていると、信じることもなかなか難しいんです。
繊細で物音や雰囲気や空気感、表情にも敏感なのです。笑
面倒くさいでしょ?
それでも、これが私なんですよね。

私にとっての「お守り」は"お水"

出かけるときには必ず水を持ち歩いています。
お茶やジュースではなく、“水”。
何か起きそうなとき、「やばいかも」と思ったとき、水を一口飲むと、ふっと落ち着ける瞬間があります。
水持ってる。ってだけで大丈夫な日もあります。
最近好きなのは温泉水99をマイボトルに入れてそこに与那国島のにがりを2〜3滴垂らして振って馴染ませたお水を飲んでます。

不安な気持ちを「消そう」とするのではなく、「そばに置いておく」。
そんな感覚で少しずつ、少しずつ、できることを広げてきました。

「これってがんかも…」不安の波に飲まれた毎日

あの頃の私は、毎日泣いていました。
「この足の不調、もしかしてがんかも?」
「このまま歩けなくなって、施設に入る未来が来るんじゃないか?」
そんな最悪の想像が頭から離れず、ひたすら不安に飲まれる日々。

周囲も初めてのことで理解が追いつかず
「いつまで泣いてるの?外に出なさいよ!」と、叱るように励まされる。
メソメソしてるから良くならないんだ!と。
仕方なく外を歩くけど、足を庇って今度はお尻や腰まで痛めてしまう。
今まで最寄り駅まで秒!って思っていたのに、3時間くらいかかるように感じたり遠く感じる日々。
まず、駅までも辿り着けない日々。
そんな中でもパニック発作は容赦なく襲ってくる。

薬も、診察も、「安心」が続かない

心療内科には特に何度も通い、当時は抗うつ剤や頓服も飲んでいました。
でも、眠気やだるさといった副作用は私にはあまり出ず…。
その代わり、食欲がなく食べようとしても吐く。
その頃は、湯豆腐の4分の1をなんとか口にする日々。体重は減っていく一方なのに、寝ているだけで精一杯。

仕事もかなりの負荷がかかっていたので、しばらく休職。辞めるつもりで伝えに行っても、「治るから大丈夫!いつ治りそうかな?10月とかやとありがたい!」と休職扱いにされた。
何もできず、何もしていない自分がどんどん嫌になっていく。

楽しいことも、好きだったことも、どうでもよくなった。
というより、「しんどすぎて楽しむ余裕がない」
というのが正直なところだった。

治すんじゃなくて、“一緒に生きていく”

少しずつ少しずつ、緩和してきて今に至るけれど
私は「治った」とは思っていません。
というより、「治そう」とすら思ってない(笑)

“治す”ことより、“うまく付き合っていく”ほうが私には合ってると思うから。

今でも、自分なりの安心ルーティンは大切にしているし、食生活に異常にこだわっていた時期もあった。
友達を誘うのも発作が出たら迷惑かけちゃうかもと思うと躊躇してしまう。
行動範囲は狭くなったし、美容室も慣れた人・理解ある人じゃないと不安。

だからカラーもあまりしなくなった。
シャンプーやトリートメントがある分、長くなるのが怖いから。

自分の体と、仲直り中

いまだに、鍼灸の先生から「背中ガチガチですね」「左側が硬いですね」って言われます。
それも、パニック障害や鬱の人に出やすい傾向なんだそう。

少しずつ、自分の体にも「大丈夫」と言ってあげられるようになってきました。
発作の強さもタイミングも人それぞれ。
楽な姿勢も、それぞれ違う。
「20分で落ち着く」と言われても、新幹線で2時間ピークが続いた私の経験からすれば、それも一概には言えない(笑)

あの時、私は本当に「死ぬかも」と思いました。
周囲の視線も冷たくて、不審そうに、迷惑そうに、見られていた。

今もお守りは“水”と“理解者”

今は薬はほとんど飲んでいません。
通院も薬も勝手に辞めちゃいました。
ただ当時もらった薬はポーチに入れて“お守り”として持ち歩いています。
飲むとしても、今は漢方(芍薬甘草湯)。
足のつりがトラウマなので寒い時期や慣れない靴の時は欠かせません。
それか旅行や外せない遠出の用事、たまに行く美容室や映画やミュージカルは漢方をポーチに入れています。
苓桂朮甘湯や甘麦大棗湯や敬震丹。牛黄など。

何より私を理解しようとしてくれる人たちがいてくれたのが救いでした。
「私もそういう子知ってるよ」と言ってくれた友人。
「とりあえず行ってみよか」と、新幹線に一緒に乗ってくれた妹。
何も言わずでも必要な時にはドンと構えてくれる人たち。
そして、そっと寄り添いながら施術してくれる鍼灸師さん。

仕事復帰して2年ほど経って、駅で発作が出てすぐに帰りたくて乗ったタクシーの運転手さんに
パニック発作なんです。すみません。シートベルトしなくていいですか?と伝えたら。
しんどいですよね。いいですよ。できるくらい落ち着いてから出発しましょう!
僕も鬱を患って、薬を飲みながらこの仕事に復帰しました。
今、車内温度など大丈夫かな?もしよければ窓少し開けましょうか?と気遣ってくださった事があります。
私、その時すぐにスーーーーーっと楽になってすぐシートベルトも大丈夫になり、お家まで送ってもらいました。
道中もヨガとかいいですよ。呼吸に集中できますしほんのり汗かくし。とか、そういう経験された人だからこそできる寄り添いや治癒力ってあるんだなと感じました。

発作起きてだときって、私は服やアクセサリー下着全てが肌に食い込む気がしたりシートベルトも含め締め付け系、固定系がとにかくダメなんですよね。
医療的な治療も必要ですが、人の暖かさって一瞬で楽にする効果があるのかもって感じました。笑

身内や友人なら一緒にアタフタ大丈夫?大丈夫?
ってされるより、あー発作?おさまるまで携帯ゲームしてるから水欲しいとかガチでやばなったら手あげてな。ぐらいの方が楽なんですよね。(私は)
彼らのおかげで、私はここまでこれました。

今、思うこと
満員電車は今もなるべく避けています。
特急も各駅に比べて「降りられない」感じが強くてあまり乗りません。
でも、日常生活はだいぶ過ごしやすくなった。

昔みたいに遠出したり予定を詰め込んだりはできないし心配性で不安がりで臆病になったけれど、
「今はなんとか、生きてる」

そう思えるようになった今、
足が動くことに、ただただ感謝しています。
自分を責めすぎずマイペースに生きようと思います。

パニック障害で怖い思いをした身体はちゃんと覚えています。ゆっくりでもいい。
私のペースで、「安心できる瞬間」を一つずつ、増やしていこうと思います。

私もまだまだ途中です。
でも今はミュージカルにも少しずつ行けるようになっていますが席が選べる場合のみです。
通路側や出入り口付近でないととてもじゃないけど無理です。笑

できていた事ができなくなったり、
なんてことなかった事が恐怖になったり、
正直なところなんでこうなった?って
生きにくいなぁって感じる部分もいっぱい。

身体や心はトラウマだらけで
いまだにコントロールできなくなる時もある。

音に敏感で人よりストレス過多になり
いつも疲れきったような時期もあります。

周りにも、普通に見えているけど実は同じように電車などでやばい、発作起きそう…と思いながら乗ってる人がいるかもしれない。
困っている人がいるかもしれない。
そんな人たちがもしいたら私は全力で力になれる事はしたいと思っています。

いいなと思ったら応援しよう!