見出し画像

光バイト 第一話

第一話 おばあちゃんの自慢の孫

雨が降っていた。
蒼は駅前のベンチでスマートフォンを見つめていた。
画面には見慣れた文章が表示されている。
誠に残念ながら――
その先は読まなくても分かっていた。
不採用
まただった。
蒼は深いため息をつく。
これで二十七社目。
友人たちは次々と内定をもらっている。
SNSには笑顔の写真。
「第一志望に決まりました!」
そんな投稿を見るたびに、自分だけが取り残されている気がした。

雨足が強くなる。
蒼は慌てて屋根のある場所を探した。
すると見慣れない喫茶店が目に入る。
『喫茶フェリーチェ』
木製の看板。
色鮮やかなステンドグラス。
なぜか少しだけ気になった。
蒼は扉を開けた。

カラン。
優しいベルの音が鳴る。
「いらっしゃい。」
カウンターの奥から穏やかな声がした。
白髪交じりの男性。
神崎恒一だった。
しかし蒼が驚いたのは別のことだった。
大きな白い犬。
入口の近くで寝ていたスタンダードプードルがゆっくり起き上がる。
「うわっ。」
思わず声が出た。
犬は蒼の前まで来る。
そして、
じっと見上げた。
「なんだ?」
数秒見つめ合う。
すると犬は、
蒼の足元にぽすんと伏せた。
「え?」
そのまま動かない。
恒一が笑う。
「気に入られたみたいだね。」
「初対面ですよ?」
「ソフィは人を見る目があるんだ。」
ソフィは尻尾を一度だけ振った。
蒼が首を傾げたその時。
隣の店の扉が開く。
ふわり。
焼きたてパンの香り。
ソフィの鼻が動く。
次の瞬間。
立ち上がり一直線に店の外へ。
「え?」
蒼は呆然とした。
恒一が笑う。
「パンには勝てないらしい。」
「人を見る目はどこ行ったんですか。」
「今はパンしか見えてない。」
蒼は思わず吹き出した。
久しぶりに笑った気がした。

案内された席は窓際だった。
ステンドグラスの光が一番綺麗に見える席。
テーブルには小さな木のプレート。
【ソフィ席】
「ソフィ席?」
「常連さんが勝手につけたんだ。」
恒一はコーヒーを運んできた。
「疲れてる人が座ると、ソフィが来るらしい。」
「迷信じゃないですか?」
「たぶんね。」
二人は笑った。
ふと蒼の視線が入口の張り紙に向く。

【光バイト募集】
時給500円
年齢不問
経験不問
勤務時間応相談
喫茶店での飲食無料

蒼は二度見した。
「時給五百円?」
「安いだろう?」
「安すぎます。」
恒一は楽しそうに笑う。
「仕事内容は?」
「人の手伝い。」
「ざっくりしてますね。」
「そうだね。」
蒼は苦笑した。
でもなぜか気になった。

翌日。
蒼は再びフェリーチェへ来ていた。
「来たね。」
恒一が嬉しそうに言う。
「応募じゃないですからね。」
「そうかい。」
「仕事内容だけ聞きに来ました。」
恒一は一枚の紙を差し出した。

【依頼】
話し相手
二時間

「話し相手?」
「うん。」
「それだけ?」
「それだけ。」
蒼は首を傾げた。
そんな仕事があるのだろうか。
しかし結局、
引き受けることにした。
依頼主は佐々木和子。
八十歳。
一人暮らし。
部屋は綺麗だった。
けれど静かだった。
静かすぎるほどに。
和子は嬉しそうにお茶を出してくれる。
そして話し始めた。
若い頃の話。
亡くなった夫の話。
商店街の話。
孫の話。
最初の三十分。。。
蒼は退屈だった。

一時間。。。
まだ終わらない。

二時間は長いなと思い始めた頃。
電話が鳴った。
和子が受話器を取る。
すると突然顔色が変わった。
「えっ!?」
「事故!?」
蒼も顔を上げる。
「孫が事故を起こしたって……」
和子の声が震えていた。
電話の向こうの男が言う。
「おばあちゃん、ごめん。」
「示談金が必要なんだ。」
蒼は違和感を覚えた。
和子はさっきまで孫の話をしていた。
真面目な会社員。
落ち着いた性格。
だが電話の男は妙に慌てている。

蒼は紙に書いた。
【電話を切らないで】
和子に見せる。

そして別室から警察へ連絡した。
三十分後。
警察官が到着する。
電話の男は慌てて切った。
特殊詐欺だった。
和子は泣きながら頭を下げる。
「ありがとう。」
「本当にありがとう。」
「あなたが来てくれなかったら騙されていたよ。」
蒼は言葉が出なかった。
面接に受かったわけじゃない。
お金を稼いだわけでもない。
それなのに。
胸の奥が温かかった。

数日後。
蒼は警察署で感謝状を受け取った。
新聞にも小さく載った。
しかし一番嬉しかったのは、
和子の言葉だった。
あなたが来てくれて良かった。
その言葉が何度も頭に浮かぶ。
夕方。
フェリーチェへ戻る。
店内にはハンバーグの香りが広がっていた。
ソフィは厨房の前で待機している。
真剣な顔だった。
「何してるんですか?」
「ハンバーグ待ち。」
恒一が笑う。
「ソフィの大好物なんだ。」
玉ねぎ抜き特製ハンバーグ。
恒一が作るフェリーチェの名物だった。
ソフィのしっぽが高速で揺れる。
蒼は思わず笑った。
「幸せそうですね。」
「悩みがなさそうだろう?」
「羨ましいです。」
その言葉に、
恒一は少しだけ真面目な顔になった。
「蒼くん。」
「はい。」
「今日の仕事はどうだった?」
蒼は少し考える。
そして静かに答えた。
「話を聞いていただけなのに。」
「ありがとうって言われました。」
恒一は頷いた。
「うん。」
「それも立派な仕事だよ。」
窓の外では雨が止んでいた。
ステンドグラスの光が店内を優しく照らしている。
蒼はその光を見つめながら思った。
もしかしたら。
自分にも誰かの役に立てることがあるのかもしれない。
そしてソフィは、
その大切な瞬間にも関わらず、
ハンバーグしか見ていなかった。

第二話につづく

#創作大賞2026 #お仕事小説部門

いいなと思ったら応援しよう!