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【頑張ってるのに苦しいママへ④】「私さえ我慢すれば」と思っていた

「私さえ我慢すれば」
そう思ったことはありませんか?

私は何度もありました。

夫とのこと。

子育てのこと。

そして、自分の夢のこと。


息子との時間は好きでした。

子育てが嫌だったわけではありません。

でもその一方で、
自分のやりたいことに使える時間やお金が限られていて、
心のどこかで苦しさを感じていました。

そんな時、私はよく思っていました。

「今は我慢しよう」

「私さえ我慢すれば家族はうまくいく」

「母親なんだから仕方ない」と。

当時の私は、
それが正しいことだと思っていました。

でも最近、気づいたことがあります。

私は「我慢したかった」わけではありませんでした。

安心したかったんです。

本当は夫に言ってほしかった。

「お金のことは気にしなくていい」

「焦らなくて大丈夫」

「家事と子育てに専念して」

「機嫌よく過ごしてくれたらそれで十分」

そんな言葉を。

でも今振り返ると、私が一番欲しかった言葉は、
夫からではなく、自分自身からだったのかもしれません。

「大丈夫」

「今のあなたでいい」

「焦らなくていい」

と。


そしてもうひとつ気づいたことがあります。

私は「私さえ我慢すれば」と思っていたというより、
そう思うのが当たり前の世界を生きていた、ということ。

頑張る人がえらい。

我慢できる人がえらい。

家族のために自分を後回しにできる人が良いお母さん。

そんな価値観の中で生きていたら、
「私はどうしたい?」より、
「どうするのが正しい?」を選ぶようになります。

私は悪かったわけじゃない。

ただ、その世界のルールを一生懸命守ろうとしていただけでした。

でも、そのルールの中で頑張り続けても、
私が本当に欲しかった安心感は見つかりませんでした。

安心したかった。

自分の居場所が欲しかった。

「私は大丈夫」と感じたかった。

だから最近は、
「私さえ我慢すれば」ではなく、
「私は本当は何を願っているんだろう?」
と聞いてみるようにしています。

その答えはいつも、思っていたより優しい。

もしかしたら、
私たちが手放したいのは我慢ではなく、
「我慢しないと愛されない」
という思い込みなのかもしれません。


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