厄除けもまた、人間の本能


女性には人生で4回厄年がある。
本厄は19歳、33歳、37歳、61歳。
中でも「33歳」は「大厄」と呼ばれ、本厄の中で最も慎むべき年とされている。


神社やお寺によって年齢の数え方や厄年の解釈が異なる場合もあるが、基本的に厄年は数え年(生まれた年を1歳とし、1月1日を迎えるごとに1歳ずつ年をとる年齢の数え年)での年齢で数えるらしい。


私は、今年数え年で「33歳(平成6年生まれ)」。


そう、正真正銘の本厄であり、
しかもより”プレミアム”な大厄の当事者なのだ。



「19歳」での本厄は、正直自分が厄年だなんて露知らず、当事者意識など皆無にのんきに過ごしたものだ。

振り返っても、まあ確かにその年は大層なひどい出来事なんて起きてないような…?

まさにこれぞ、知らぬが仏と言うものか。




しかし今年は違う。
去年の初詣で知ってしまったのだ。
今年が本厄、そしてあの「プレミアムな大厄」だということを。



知らなければ今回ものんきに過ごせたというのに、知ってしまったが最後。
”人生で1番大変な1年間がこれから訪れる”なんて思うと、これから不幸という不幸がすべて降り注ぎそうな気がして、日に日に恐怖心が増大していくばかり。

神様、仏様、こんな私をどうか見捨てないでください!!

普段は無宗教で、初詣くらいしか手を合わせない私。そんな私がこういうときに限って、ちゃっかり神頼みだもんな。情けなさ過ぎる。




藁をも掴む思いで、手を震わせながらスマホでどこに厄除け行こうかと調べていた時ふと思い出す。今の私のように、恐怖により震えながら必死に何かに掴まろうとする姿は、あの日見た私の大好き番組「日曜美術館(Eテレ系列)」にもあったな。


頭によぎったのは、当時開催されていた特別展「法然と極楽浄土」の特集回。


時代を遡り、平安時代末期のこと。
繰り返される戦や地震などの災害、疫病の頻発、飢餓など人々は非常に厳しい生活を強いられていた。


そんな時代に法然(ほうねん)という僧侶が、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、誰もが極楽浄土へ往生できる、救われるという教えを広めた。


それは、死への恐怖を極楽浄土という”架空世界をイメージすること”によって和らげたのだ。



この放送では、「極楽浄土の世界が描かれた絵画」、「極楽浄土をイメージするためのトレーニング方法が描かれた絵画」、「臨終の際の極楽浄土へのお迎えの様子が描かれた絵画」などが紹介され、平安時代では極楽浄土がどういう世界か、どうしたら極楽浄土へ行けるのかを絵画によって人々に示していたことが特集されていた。


人々が死への恐怖を、美術作品を通して、祈り、幸せな自分をイメージすることで、希望を見出そうとした放送であった。


確かに日本に限らず西洋美術史にも目を向けてみると、美術史の初期は信仰・宗教の可視化、伝達のために絵画や彫刻が使われてきた。


すなわち大昔、科学も医療も発達していない中で、人間誰しもが疫病・死など自分たちの力ではどうしようもできない不確定要素を恐れ、それを絵画や彫刻により信仰対象を神・仏という形で表現し、祈ることによって人々の不安を和らげてきたということだ。


それなら私の厄年への不安も、
先人たちの疫病や死への不安も、
どれも「見えない大きな力への恐れ」。


こんなときばかりちゃっかり祈る私も、きっと人間の本能なのだろう。そう考えると1つの生命体として愛おしく思えてくる。可愛いちっぽけな人間だ。



そして私は、厄除けで有名な川崎大師へ。
川崎大師大本堂の中は人で埋め尽くされ、人にぎゅうぎゅうにされながらも小さく正座をして、無事厄除けできました。(見渡す限り、多分厄年とか関係なく皆さん厄除けをしてる模様)

川崎大師での厄除けなので、厳密に言うと神・仏ではなく、「弘法大師空海上人・お大師様」への信仰。
私はお大師様を深く信仰します。



厄除けしたという事実だけで、”もうこれで今年は大丈夫”とスーパーポジティブ状態に。

1つの儀式を行うだけで、ここまで気持ちが晴れるのだから、私はなんて簡単な人間なんだろうか。呆れてしまう。


不安に震え、祈りに救われる。
それもまた人間だよね。





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