第14章:遅すぎた勝利の方程式
高校バレーを引退した僕は、いつしか
(やればいつでもできる!)
という根拠のない傲慢な自信を抱くようになり、結果として大学受験で二浪という手痛い代償を払うことになった。
やがて就職活動を迎える際、僕は立ち止まり、自分の事を振り返った。
二浪して、そのうえ大学での成績も悪い。不真面目な学生生活のツケが回っている。
(俺は、本当にこの先就職できるのだろうか……?)
学生生活を反省し、自分の人生の先行きを真剣に見つめ、人生最大の修羅場と思えた就職活動に直面して、焦り、深く悩んでいた。
そんな思考の果てに、僕は重要なことに気づいた。
―――修羅場…。高校最後の試合で見せつけられた、あの強豪校の修羅場の強さの正体。
彼らの自信やプライドはどこから来たのだろう…。
当然、それは試合での実績だ。
ではその試合で実績を出すために、彼らは一体何をしてきたのだろうか。
彼らはただの不真面目や、天性の才能だけで片付けられるような天才だったわけじゃない。何よりも先にゴールイメージを持ち、そこへの最短距離を逆算して、今やるべきことを淡々とこなしていただけなのではないか?
その中で考えられる全ての修羅場をシミュレーションしていたのではないか?
あの3連続サービスエースの場面、僕たちは”絶対にミスするな!”に縛られていた。だが彼らは違った。あの土壇場での余裕は、勝負の前にやるべき準備を120%すべて終えていた者だけが持てる余裕だったのだ。
思い返せば高校時代、僕たちはただ、監督が作ってくれたトレーニング方法や戦術をこなすだけだった気がする。もしあの時、先にゴールを明確にイメージすることをしていれば、自分たちの意志で、新しいトレーニングや戦術に能動的に挑むこともできたのではないか?
先にゴールをイメージすることに慣れていなかった僕にとって、それは頭を殴られたように新鮮で、極めて理知的で洗練された戦略だった。
コートの上で失ったあの心のゆとりを、今度は人生の戦いの中で、自分の手で再現してやる!
それこそが、僕が掴みかけた、『勝利の方程式』だった。
僕は二浪という遅れを取り戻そうと焦るのをやめた。短時間でも深く思考し、ゴールから逆算して動くようになったのだ。
誰もが就職活動を始め東奔西走している時、僕は周囲とは異なるアプローチとして、ある企業の奨学金制度へと目をつけた。そして全力でその選考をもぎ取りにいった。結果は見事合格。
結果、大学院の学費と、卒業後の就職先を、同時に手に入れることができた。
しかし、これが人生の「大勝利」だったのかと言えば、決してそんなものではなかった。ただ、二浪というビハインドを背負い、何の後ろ盾もない僕にとって、それはこれから始まる激動の社会を生き抜くための、必死で泥臭い「生存戦略」に過ぎなかったのだ。
だが直後に、恐ろしいほどのタイミングで、世の中のバブルが弾けた。
誰もが就職難に喘ぐ、あの「就職超氷河期」への突入だった。
当然ながら、その冷酷な荒波は僕たちの世代を真っ正面から直撃した。前年まではバブルの絶頂で、何社からも複数内定をもらうのが当たり前だった状況が一変する。大学院の成績上位者でさえ、まともな就職先が見つからないほど求人は限られ、周囲には暗い悲壮感が漂っていた。
そんなある日、当時の就職幹事を務めていた教授が、血相を変えて僕のところへやってきた。教授は僕の顔を見るなり、驚嘆の声を上げた。
「武智くん、君には先見の明があるな! もしあの時、先に動き出して奨学金を取っていなかったら、今のこの大不況じゃ絶対に就職できなかったぞ!」
就職率に責任を持つからこそ、本音で失礼な事をズバズバ言う教授のその言葉を聞きながら、僕は静かに胸の内で息を吐いた。
あの日、コートの上で喫した完璧な敗北。
”しょせんバレーなんだよ” という優しい気づき。
強豪たちの底知れない余裕。
それらがすべて一本の線で繋がり、時代の崖っぷちで僕の命綱になってくれたのだと、確信した瞬間だった。あの敗北から学んだことがなければ、僕は今、この大不況の谷底に突き落とされていただろう。
しかし、大企業という強固な城を手に入れたからといって、その後のサラリーマン人生が安泰だったわけではない。むしろ、城の中にはコートの上以上の理不尽や、自分たちの力ではどうにもならない巨大な組織の壁が、いくらでも立ちはだかっていた。
