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【番外編十二滴灯りのカケラ:祈り雫】「その祈りの空を超えて」―広島・長崎への祈りを言葉に乗せて―







「私は原爆のことを、知っているようで、まだ知らない。」
でも、それでも——祈りたいと思う。
祈るということは、知識や立場ではなく、心で誰かに寄り添うことだから。



祈ることは、知識や立場を問わない。

唯一、原爆を落とされた国の一人として。
そして、癒しを紡ぐ者として。

争いが奪うのは命だけじゃない。
暮らし、記憶、夢、未来。

私はこの言葉で、誰かの光を守りたい。
だからこそ、今年も祈る。

あの夏の空の下で、いま私にできることを探しながら。

また、あの日がやってくる。

その光景は、遠い過去ではなく──
今も、私たちの中に生き続けている。


8月。蝉の声が響くこの国の空の下、
私たちは毎年“その日”を迎える。

戦争を知らない世代が、祈るということ。
それはただ、悲劇を繰り返さないという願い。
そして、想像すること。

焦げた街に、泣き叫ぶ声。
焦土を這いながら、「水を……」とつぶやいたあの人の声。

私には届く気がする。
聞こえるはずのない声が、心に染み込んでくる気がする。

それはきっと、「灯り」として私のなかに残っていく。

そして私は、今年も祈る。
過去と未来のはざまで。

私は、中学生の頃から長崎、広島に原爆投下された日……そう1945年8月6日広島に原爆投下、そして日を空けて同じ年8月9日長崎に原爆投下された日と平和記念公園のことがニュースで取り上げられるたび、こう思っていました。

なぜ日本だけこんな酷い目に………。

授業で勉強する内容は実際に投下された広島、長崎の写真もほんの一部でただ「そうだったんだ……」くらいでしか思わなかった。それは戦争を知らない私もみなさんも同じで当時を生きていたわけでもなく親族から直接その惨劇を聞いたわけじゃないから他人事の感想。

世界ならなおさらだろう。伝え聞くだけでは分からない。戦争で起きる惨劇とは違うあの惨状。
やっと最近ニュースの映像か特番でその時のことを知ることが出来ただけ。目を覆いたくなる光景が広がる……ミサイル投下とか非じゃない。

原爆が落ちほんの一瞬の静けさの後、広がる波紋のようなマッハの爆風、建物は焼けこげ人も皆一瞬にして死に至る。中途半端に爆風を受ければ待っているのは生きる地獄。被爆者は思っただろう
「何故私が」「何故俺が」「僕がこんな生き地獄を」と「早く楽にしてくれ一体誰がこんなことを」
「痛みと苦しみのなか、『水をください』と絞り出した声が、
 今も私の胸の奥で響き続けている気がします。
…………

当時を見たことはないけどきっとこんな感じだろうと想像できる。一面焼け野原で亡くなった方の姿も誰かわからないほどだと………


被爆した家族から連綿と伝え聞く子孫の人たちは最初は恨んだだろう。何故おじいちゃんが、おばあちゃんがこんな苦しみに耐えながらと。

でも、広島の人、長崎の人たちは延々と恨みつらみを言うよりも平和を願い2度とこの惨劇が起きないようにと願い続けてきた。今もそしてこれからも未来に託しながら。
私たちは戦争を起こしてはいけない、ましてや核兵器なんてもってのほかだ。国家間で核兵器を持ってるからと脅し合ってないと平和が保てない世界がおかしいんや、何故分からないんだろうそんな事も。

また、あの日が来る。
けれど、私たちはそれを忘れない。
来るたびに私たちは平和を信じ、先人たちから連綿と受け継ぐ祈りを胸に生きていくんだろう。

そして今年も——
雲の向こうへ、
「平和という名の灯り」が届きますように。


ー翔雲

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