渡り鳥とスピンのこと
仙台から車で高速を走ること1時間余りのところに、伊豆沼があります。伊豆沼は隣接する内沼を合わせると面積491ヘクタールになり、宮城県内最大の低地湖沼です。冬季でも一日の最高気温が4℃を超え凍結したままにならないことから、多くの水鳥が越冬できる優れた条件を備えており1985年にはラムサール条約に登録され、水鳥にとって国際的にも重要な湿地となっています。
冬の間にシベリアからマガンが10万羽、白鳥が3000羽飛来してここで過ごすと言われており、春にV字編隊を組んで北国に帰る姿はとても美しい郷土の風物詩となっています。
ところで、渡り鳥が何千Kmも正確に目的地目指して旅することができるのはどうしてでしょうか。
渡り鳥の体内に磁石のような方位を検知するメカニズムがあるのではないかと考えられており、磁気を帯びた微粒子を利用しているのだろうとも言われていました。ところが最近、クリプトクロムというタンパク質が磁気センサーとして働いているらしいということがわかってきたそうです。そしてこのタンパク質が磁気センサーになるためには、素粒子のスピンという特性が関与しているらしいのです。
スピンは最近、スピントロニクスなどの技術で名前を聞くことが増えてきましたが、要するに素粒子の自転のような性質を示す物理量のことです。自転と言っても、素粒子は点のような存在のために実際にコマのように回転しているわけではありませんが、電気を帯びた電子がスピンを持つことによって回転運動と同じように磁気モーメントが生じます。逆に磁気モーメントを持つため、自転になぞらえてスピンと呼んでいるとも言えるかもしれません。
この磁気モーメントの状態からスピンには回転軸が上下方向の2種類あることがわかっています。そして、ちょっと難しい話になりますが、スピンの回転軸が同じ向きの電子は同時に同じ状態(同じ位置、エネルギー)にはなれないというパウリの排他律があり、それが電子の振る舞いを決定します。
量子力学の専門的な話で分かりにくいですが、要するに電子は電荷(プラスとマイナス)とスピン(上向きと下向き)という二つの物理量で動きが決まるということですね。
電子の動きは物質の性質を決めるため、この物理量を利用して各種の高度な電子デバイスを制御する技術が、スピントロにクスとして今、脚光を浴びているというわけです。
話は渡り鳥に戻ります。磁気センサーになるためには、スピンが上向きと下向きの2つの電子が離れた位置に置かれる必要があります。渡り鳥の体内にあるクリプトクロムでは、アミノ酸であるクリプトファンが電子をバトンリレーのように移動させ上下方向のスピンを持つ電子を離れたところに位置付ける性質があるようです。この結果、クリプトクロムが方位磁石のように鳥の量子コンパスとなり、何千Kmもの渡りを可能にしているということです。
身近にある自然の渡り鳥が、最新のスピントロニクスと同じメカニズムを利用しているなんて、本当に驚きですね。自然のことを知れば知るほど不思議に満ちていることがわかり、ますます科学は面白いなあと思うのです。
