季節外れにお年玉のお話|#500note祭り
今日もご覧くださりありがとうございます!
普段は先日の1周年記念記事で記載したように「試して、育てて、伝える」ような記事を書いていますが、本日は趣向を変えて下記たかっちさんの#note500祭りの企画にのっかって何のためにも得にもならない500にまつわる私のエピソードをお話したいと思います!
季節外れもいいところのお年玉にまつわるお話です。
ご興味持って頂いた特異な方だけ続きをお楽しみください😁
お年玉の金額どうやって決めるか問題
皆さまは「500」という数字を聞いて、何を思い浮かべますか? 私が真っ先に思い出すのは、お財布の中で一番存在感のある「500円玉」、そして子どもの頃の「お年玉」の記憶です。
1. 「500円玉×年齢分」という父の強烈なこだわり
なぜ500円玉とお年玉が結びつくのかというと、私の少年時代、父からもらうお年玉のルールが少し特殊だったからです。
そのルールとは、「500円玉 × 自分の年齢の枚数」。
しかも驚くべきことに、その500円玉はすべて私が生まれた年に製造された硬貨で揃えられていたのです。いま思えば、父の並々ならぬこだわりと準備の労力には脱帽するしかありません。
そして時代は巡り、このこだわりは現在、私の娘たち(孫)へも引き継がれています。 正月にじぃじから手渡されるのは、やはり「500円玉 × 年齢分」のずっしりとした小袋。
この令和のキャッシュレス時代に、あえて現金の、しかも500円玉で用意するなんて「すげー」としか言えません。さすがに孫の生まれた年の硬貨で揃えるこだわりは諦めたそうですが、それでもお正月に合わせて大量の500円玉をきれいに整えてくれる、その「愛」の深さには頭が下がります。
ちなみにこのルール、金額的にもお年玉として絶妙にちょうどいいんですよね。 (6歳なら3,000円、10歳なら5,000円)
2. 美談で終わらない。まさかの理由
ここまでのお話だと、「子や孫への愛にあふれた、父親の温かい美談」として綺麗に終わるはずでした。
しかし、世の中そんなに甘くありません。私にはずっと気になっていた疑問がありました。 「なぜ、そこまで頑なに500円玉にこだわるのか?」
ある日、その理由を父に尋ねてみたところ、返ってきたのは衝撃の答えでした。
「お前の幼い頃の顔が、500円玉みたいにまんまるだったからだ」
……。
なんだか、あんまり褒められている気がしないのは私だけでしょうか(笑)。まさか自分の顔の輪郭が、わが家のお年玉システムのルーツになっていたとは夢にも思いませんでした。
おわりに
父のユニークなこだわり(と私の顔の形)のおかげで、わが家では今でも「500円玉」が家族の絆や愛を感じる特別な存在になっています。
ちなみにじぃじから頂いたお年玉は半透明のぶたさん貯金箱に収まり埃をかぶっています。こどもの金融教育は遅々として進んでおりません。。。
というわけで、今回はすっかり季節外れなお年玉の問いかけで締めくくりたいと思います。
「皆さんのご家庭では、どのようにお年玉の金額やルールを決めていますか?」
ユニークなルールや、わが家なりのこだわりがあれば、ぜひコメントで教えてください! 本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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