私が癌を治すまでの闘病日記26「待望の娘!暗闇を照らす星!〜ただいま編〜」
前回までのあらすじ。予定日の13日を過ぎても全く産まれる気配のない娘、、、。1週間が過ぎた20日。私は抗がん剤投与の日。妻は促進剤を投与し、出産に臨むのだった、、、!
本編!始まります!!!!
とうとう19日の夜中に陣痛が来ることはなく、20日を迎えてしまいました。私は抗がん剤治療のために朝から大学病院に向かいました。
妻は引き続き産婦人科に入院しており、朝から促進剤を投与して出産の準備を進めてておりました。
私「とうとう、、娘の時も、妻の出産に立ち会う事が出来ないのか、、、。悔しすぎる、、。癌が憎すぎるよ、、、、。俺の邪魔ばっかり、、!」
第一子の時は、コロナ禍により立ち会いどころか病院に入る事さえ不可能でした。妻は心細かったでしょう、、。1人で陣痛に耐え、1人で出産をしました。当時 私は家で、産まれてくる息子と妻の無事を祈る事しか出来ませんでした。
娘の時こそ!立ち会える!と思ったのに、、。妻が促進剤を投与しお腹の張りの痛みに耐えている中、私は病院で抗がん剤を投与していました。
妻と連絡は取り合っておりました。
私「調子はどう、、、、?体調は大丈夫かい、、?」
妻「朝から点滴で促進剤入れてるよ、、!いい感じにお腹が張って来てる感じはある!陣痛ってほどの痛みはまだ来てないかな、、?」
私「うんうん。また、、、立ち会い出来なくなりそうで、、、、悔しいよ、、、、。」
妻「今日、産まれるか分からんし!今日産まれたとしても!仕方ないよ!その分、長生きして、しっかり産後のサポートお願いよ!笑」
私「妻ぁぁ〜〜。泣」
そうして、いつも通り抗がん剤投与を終えました。
副作用による強い吐き気、倦怠感の中、帰宅を開始しました。
丁度、帰宅ラッシュと重なって渋滞にハマってしまい、家に帰ると18:00を過ぎておりました。
妻は大丈夫かな、、、。今頃、陣痛に耐えているのかな、、。今から産婦人科行けば間に合うか、、?いや、、この副作用じゃ無理だ、、、。
家では息子とオカン(高松の実家からサポートしに来てくれました。)が待っています。
私「ただいまーー、、。やっぱり副作用辛いよ、、、。妻から連絡は、あっ」
オカン・息子・妻「おかえりー!!!」
、、、?あれ?妻がいる、、、。家に。入院中のはずの妻が、、。
私「ただいまー、、、、、、、?えーっと、、。あれ?夢?副作用に幻覚ってあったっけ、、、。」
妻「促進剤を投与しても、体の出産の準備が整わないという事で、退院させられて帰って来ました!」
私「どないやねーーーーん!!!!」
という事で、妻は退院させられて帰って来ておりました。笑
娘よ!ママのお腹の中の居心地がいいんだね。みたいなノリは終わったぞ!?そろそろマジで頼むよ!!的な雰囲気すら漂い始めました。笑
妻「まぁでも、いつ陣痛が来てもおかしくない状況ではあるからね!そして、3日後の土曜日に、診察があって入院!ホンマにそこがラストだと思う!」
私「おお!土曜日なら!副作用も抜けてるはずだし!!立ち会いも出来る!良いタイミングだ!!よし!福積一家ファイト!おーー!!、、、オエェ、、、、。」
という事で私は、土曜日までに副作用を治すことを目標に体力回復に努めました!
妻も少しでも娘が早く出てこられるように、毎日、運動を頑張っておりました!任天堂Switchのカラオケで歌って、踊って。やってました。楽しく運動!グッド!笑
可愛いだけじゃダメですか?って歌。踊って歌ってました。笑
結局、陣痛は来ないまま土曜日を迎えました。まぁそんな気はしていました。
金曜日には副作用も抜けて、すっかり元気だった私。
ですが土曜日、何故か非常に調子が悪くなっておりました。
朝から痛みと倦怠感が非常に強く出ており、運転は危険と判断しました。妻を産婦人科に送るのを、私の代わりにオカンに送ってもらう事にしました。
妻「じゃあ、、!行ってくる!!やっと!今回こそ!産まれて来てくれるはずよ!行って来ます!」
私「送れなくてごめんよ、、!陣痛きたら、すぐ連絡して!それまでに体調整えるから、!その時は、絶対行くから!行ってらっしゃい!」
オカン「じゃあ、妻ちゃん!行こう!頑張ろうね!」
そうして私は倦怠感と謎の痛みで、見送った後に気絶しました。
とうとう迎えた土曜日!予定日から1週間と3日が過ぎた5月23日!
私は抜けたはずの副作用に、苦しめられて気絶状態。オカンに送られて産婦人科に向かった妻。苦しそうパパを看病してくれる優しき息子。
そんな福積一家に、その日!まさかの展開が待ち受けているのでした、、、!
またまた、、、続く!!
