映画『国宝』観ました〜美しい居場所を探して〜
皆さまいかがお過ごしですか?
「かっこいいゴールなんてさ
あッとゆーまにおしまい
星はひゅるっと消えていた」
(SMAP/がんばりましょう)
SMAPのヒット曲「がんばりましょう」は、私の人生のテーマソングです。いっとき人気作家であった自分が、かっこいいゴールが終わった後をどう生きていくのかが、今生に生まれたテーマだと思っています。
話題の映画、『国宝』を観てきました。


(ネタバレあります)
私はしがないクリエイターですが、この映画には共感できることが多かったように感じます。
この映画、まず、すごくわかりやすく作ってあります。「あれ?今のシーンの意味わからない…」というようなことはまったくなく、丁寧に心情を追い、丁寧にエピソードを積み上げていきます。鑑賞者を置いてきぼりにすることがない。
もちろん役者さんたちの表現力の賜物でもありますが、芸事という私たちには非日常な世界を、これだけ共感できる作品にするのは難しい。アーティスティックな世界を描くと、どうしてもアーティスティックな表現に偏ってしまいがちなのに、ラストシーン、最後の最後まで丁寧に説明してた(すみません、表現悪いかも)ことに感心しました。
「がんばりましょう」がテーマな私の人生、共感したのはやはり喜久雄が華やかな世界から落とされてしまうくだり。私は実の母親から、
「あんたはもう落ち目なんだから!」
と、叱責された日のことを映画館で思い出しました。創作の世界とはまったく縁のない、申し訳ないけど平凡な母親。私が創るものの価値を、金が稼げるかどうかでしか計れない可哀想な人達。
喜久雄が言う、「美しい世界」(風景、だったっけ?)。クリエイターもそうでない人も、この世はあまりに住みにくい。その、理想の居場所を、映画やアニメや漫画の世界に見いだす人もいます。しかし他者の創作物の中に居場所を見いだせない人は、
自分で創るしかないんですよね。
創作者でなく表現者でも同じだと思います。自分の芸術の中でしか生きられない。居場所がない。他者の創作には憧れても、その中では息ができない。
美しさの中でしか生きられない。
人間国宝の万菊が、最期に「美」のない場所を選んだのも印象的です。美なくしては生きられないけど、凄絶な美の追求は呪いのように恐ろしくもあるのでしょう。
創作するということは、居場所をつくるということ。それは自分の居場所なのか、みんなの居場所なのか。癒し、という意味ではみんなの居場所なのでしょうが、美しさ、という視点ではエゴイスティックな自分だけの居場所なのではないかな。美には人を寄せつけない側面もあると思うので。
国宝レベルになると、自分の居場所=みんなの居場所に昇華するのでしょう。喜久雄が国宝になってから、ようやく美しい場所を見つけられたことにも芸術の切なさと残酷さを感じました。
原作は前編・後編と長いみたいですが、ぜひ読んでみたいです!
お読みくださりありがとうございました。
明日も覗いてみてくださいね!
