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小説「国宝」を読まなきゃ良かった。「覇王別姫、さらばわが愛」と似た読後感。

小説「国宝」の上下巻を本日読み終えた。
下巻の後半では主人公の喜久雄が次々と災難に見舞われ、その中で精神的に病んでしまう様子が目まぐるしく描かれていた。
ネタバレを避けるために詳細は書かないが、最後の幕切れはあまりに衝撃で、芸を極めた役者の悲哀に胸を打たれ、電車の中であるにも関わらず涙を流してしまった。

上巻ではただひたすらに芸の道を駆け抜けていこうとする様がテンポよく描かれており、こちらも興奮しながら読んでいたが、このどんでん返しはなんだろう。
こんな気持ちになるのなら、読まなければよかった。
正直そう思ってしまった。

ただ、同じような悲哀を感じた作品が過去にある。
それは「さらば、わが愛・覇王別姫」だ。

この作品は京劇のスター役者2人、程蝶衣と段小楼の半生を描いた映画だ。日中戦争前から文化大革命に至る激動の中国の中で2人の芸に対する姿勢や関係性がどのように変化していくかを精細に描いている。

映画タイトルにある「覇王別姫」は「虞兮虞兮 奈若何(ぐやぐやなんじをいかんせん)」で有名な項羽と虞美人の悲劇である。
項羽は劉邦の策略にはまり、敗戦を喫す。敵の手に落ちるぐらいなら、と虞美人は愛する項羽の前で剣舞を踊った後に自害する。
映画でも劇中劇として演じられている。

蝶衣と小楼は虞美人と項羽がそれぞれ当たり役であった。蝶衣は小楼に好意を寄せており、どこか虞美人の役と現実との境があいまいなところがあった。しかし、小楼の結婚を機に次第に関係性は崩れ、蝶衣の精神も不安定となっていく。

女形の演じたレスリー・チャンは蝶衣の関係性の変化に対する苦悩を見事に演じており、その悲壮感と報われない喜びに胸が痛んだ観客も多いことだろう。
最終的に蝶衣は相方を思慕するあまりに悲しい結末をたどる。
(尚、レスリー・チャンもまた2003年にマンダリン・オリエンタル香港から飛び降り、自ら命を絶っている。)
この映画は映像美と人間模様の精緻な描写が評価され1993年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した。

精神的に不安定な状態に陥り、現実と役・芸を混同して悲劇的な結末をたどるというところが、この2つの作品に大きく共通している。

喜久雄も満たされない気持ちを抱き孤独となり、蝶衣もまた時代の変遷と小楼との関係性の変化の中で類似の感情を経験している。

報われない思いからの解脱、といえばある意味、ハッピーエンドなのかもしれないが、読者や観客からすれば、才能あるがゆえの悲劇にみえてしまう。
それをハッピーエンドだと納得しろと原作者にいわれているようで、悲しみを持て余すしかない。

もっと幸せなエンディングになってほしかったが、それは読者のわがままなのだろう。
少し、別の作品を読んで口直しをしたい。

※尚、実世界で、京劇「覇王別姫」は、楊小楼さんの項羽と梅蘭芳さんの虞美人が当り役とされており、特に梅蘭芳さんについてはその一生が映画化されています。


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saki | 創作垢 記事を読んで頂き、ありがとうございます。これからも表現を追求して参ります。今後ともよろしくお願いいたします🙇

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