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怪談百物語#82 ありきたり

父がまだ小さかった頃の話だ。
当時は情報が今みたいに簡単に手に入る時代ではなかった。
そのため何か判断に困ることがあると、亀の甲より年の功。
町内会の偉いお爺さんに聞きに行くことが多かった。

お爺さんは何でも的確に答えて、町内中から頼りにされていた。
ある日父は祖母に連れられてお爺さんのお宅にお邪魔した。
何かを聞きに行ったらしいが覚えていない。
ただお爺さんに聞く前の母の強張った表情が、聞いた後では柔らかくなったのを覚えている。

父はその変化に驚いてお爺さんにこう尋ねた。
 「おじいちゃんはどうして何でも知ってるの?」
お祖父さんは好々爺然とした非表情で答えてくれた。
 「わしくらい長生きするとな、どんな問題でもありきたりなことになるんじゃ。お母さんが今回で会った問題も、わしにとっては通ってきた道。答えるのに労せんわ。」
多くの経験をしてきたお爺さんの笑顔は、どこか寂しそうに見えたという。

お爺さんはそれからも多くの人に頼りにされていた。
何かあればすぐに聞きに行き、お爺さんはそれに答えてくれる。
だがある日からそれがなくなった。
祖母に尋ねても何も答えてくれなかった。
学校が終わって父が友達とグラウンドで野球をしていると、校門の前を歩くお爺さんの姿を見つけた。
挨拶しようと近寄ると、俯いて何かブツブツと呟いている様子が見えた。
気味が悪くなった父は、お爺さんに挨拶せずグラウンドに戻って野球を再開した。

家に帰ると祖母にそのお爺さんのことを話した。
すると祖母はため息ひとつ、答えてくれた。
 「お爺さんの息子さんがね、亡くなられたそうなの。東京の方でご結婚されてたんだけど。交通事故にあって、お嫁さんとお孫さんも一緒にね。」
それからずっとああなのよ、とお爺さんが徘徊するに至った理由を教えてくれた。

お爺さんが町内を徘徊する姿を見かけるようになった。
学校では不審者に注意と言う紙が配られた。
あんなに頼りにされていたお爺さんがどうして。
父は無性に悲しくなって、こういう時どうすればいいのかお爺さんに聞いてみることにした。
どうにかしてあの頃のお爺さんに戻って欲しかったのだ。

下校中、お爺さんがうちの前を歩いているのを見つけた。
父は急いでお爺さんに近寄る。
近寄るにつれて、薄らと白いもやがお爺さんの周りに漂っているのが見えた。
今は十月。
息を切らして走る父の息は白くない。
あと少しでお爺さんに追い付く、その時だった。
 「来るな!」
町内中に響くんじゃないかというほどの大声。
父はびくりと怯えて足を止めた。
お爺さんは僕の方を向き、以前のように柔和な笑みを受かべてこう言った。
 「それでええ。ありきたりなもんだけ見て生きんさい。変なもん、見んでええんよ。見ちゃいかんよ。」
そう言ったきり、また俯いてブツブツと呟きながら去っていった。

お爺さんのお通夜が終わり、町内会でお爺さんの家の整理をすることになった。
会場で聞こえた話によると昨日、排水路で変死体として見つかったらしい。
父は祖母と一緒に仏間の整理を行う。
初めて入る仏間の壁には、お爺さんと若い夫婦、幼い子ども。
三人家族が一緒に映った写真が掛けられていた。

お爺さんは最期までありきたりな人生を送れたのだろうか。
あの白い靄は、お爺さんにとってはありきたりなものだったのだろうか。
色々な疑問を抱えながら整理を終える。
家に帰ると祖母が父に語り掛けた。
 「あんたもありきたりな人生を送りなさいよ。無理なんかせんでええからね。」と。

この話をしてくれた父の周りには最近、白い靄が見えてきた。
父には見えているのだろうか。
聞こうとすると雰囲気を察してか話を切られてしまう。
ありきたりな最後を、父は迎えられるのだろうか。

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